第1章 壱
突然の出来事にその場から動けなくなる。
頭が割れそうに痛い。吐き気すら込み上げてくる。
そうだ、そういえばなぜ私は何も覚えていない?
千「…さ…紅音さん?」
いつまでも着いてこない事に気づいた千寿郎くんが心配そうに覗き込む。
『あ…大丈夫です、すみません。』
ハッと我に返り千寿郎くんの元まで駆け寄る。
明日からは鍛錬が始まる、気を引き締めなければならない。
今は何も考えずに強くなることを考えよう。
何も思い出したくないから。
思い出してはいけないから。
千「ここが紅音さんの部屋になります。自由に使ってください。夕餉の用意できましたら呼びに来ますね。」
ぺこりと礼をして部屋を見渡す。
通された部屋は今まで過ごしていた所とは違い広かった。
畳の匂いが心地いい、鈍く痛んでいた頭の痛みもスっと引いてきた。
『今日からここが私の新しい家』
荷解きを済ませた頃に襖を叩く音がした。
返事をすれば千寿郎くんが顔を出し夕餉の支度ができたと告げる。
彼の後を着いて歩けば通されたのは広い部屋。
そこには普段着の師範が座っていた。
杏「来たか、紅音も座りなさい。」
『はい。』
千「先に召し上がっていてください。俺は父上に届けてまいります。」
そう言いながらお膳を持って部屋を出た千寿郎くんを見つめる。
ふと、先程の部屋で横たわっていた男性を思い出した。
あの人が師範や千寿郎くんのお父上だったのか。
『……。』
杏「訳あって父上は部屋から出てこない。明日から鍛錬を始めるから食べたら湯浴みをしてゆっくり休むように。」
『はい。』
誰にでも触れてほしくない話題の一つや二つくらいあるだろう。
継子になったと言えど来たばかりの私が首を突っ込むのはよくない。
箸を取り温かいご飯を口に含む、美味しい。
明日からは私も千寿郎くんのお手伝いをしよう。