第10章 変化
「ばれなきゃよくね?」
帰りの車の中で、往生際悪くそんなことを言う五条を、夏油がどこか落ち着いた様子で見た。
「無理だろうね。耳の早いマスコミがもう駆け付けてるようだし」
「はぁ〜あいつらマジで何なの。そういうとこばっか情報早いんだよ」
そもそも、冥冥と歌姫という証人がいる時点で、バレないということはあり得ない。あとは高専関係者が上手く情報操作をするだけだ。
分かってはいるのだが、救出任務に成功したにも関わらず、叱責を受けるだろう未来は、五条にとって受け入れ難いものだった。ボスンと、背中をクルマのシートに沈み込ませる。
そこで、いつもは騒がしいはずの右隣の人物が静かなことに気付いた。
「なまえ?」
声をかけるが、返答がない。夏油もそこで違和感に気付き、「どうした?」と自分と反対側に座るなまえを覗くように顔を上げる。
少し俯きがちのなまえが、傍目にも分かるぐらいに青い顔をして、右手で口を押さえていた。その額には、脂汗も滲んでいて。クルマの揺れに反応して、うっと彼女は込み上げるものを抑えようと口を塞ぐ右手に力を込めた。
車酔いか、と五条と夏油の2人は、同時に思ったが。
「…は、吐ぐっ…」
「はぁっ!?」
「硝子!なまえを診てくれ!」
「え、何?」
「間に合わねぇよ!袋!なんか袋!」
「う゛っ」
車での長時間移動に耐えられなかったなまえ。行きは緊張感もあったためか乗り越えられたが、帰りは安堵感と疲労が祟ったのだろう。
車という密室空間で吐くということがどういうことなのか。珍しく焦る3人に、これが恐ろしいことだと分かってはいたが、なまえ自身もどうすることもできなかった。
パニックになる車内。
被害者は全員。犠牲者は、なまえとその隣に座っていた五条だった。