第10章 変化
穴があったら入りたいとはこのことだろう。
うら若き乙女が、クラスメイトの前で嘔吐したのだ。もう立ち直れないと、医務室のベッドの上でなまえは顔を自身に被さる布団で覆い隠していた。
それを、ベッドのすぐ横で。丸椅子に座った五条が左手の上に頬を置き、面倒臭そうに見ていた。先程まで着ていた制服は、洗濯しているため、今はTシャツにスウェットのパンツとラフな格好をしている。
「お前さ」
いい加減、痺れを切らした五条が口を開く。
「さっさと寝てくんない?」
先程から顔まで布団を引っ張り上げて、うーうーと唸っている彼女は、ここに来てから始終この調子だった。
車酔いによる嘔吐だと思われたが、どうもそれだけでは無かったらしく。先日の体調不良が本人も気付かないぐらいのレベルで全快していなかった。そこに車での長距離移動で、ぶり返したのだ。
だが、そこまで大したものでもない。一晩寝ていれば治ると言われているのだが。精神的ダメージが大きい彼女は、とても大人しく寝られる様子ではなかった。
「……っ……ぃ…」
「…だーかーらっ、聞こえねぇっての!布団被ったまま喋んなっ」
布団から僅かに漏れ出る声に、ついに額に青筋を浮かべた五条が実力行使に出た。彼女の顔を覆っている布団を片手で掴み、勢いよく剥ぎ取る。
突然布団を剥ぎ取られた彼女は、自分の身を守るものが何も無くなったとばかりに、悲壮な顔をして上半身を起こす。彼女の手は布団を追いかけるが、五条が足元近くまで捲ってしまったため、追いつくことは無かった。
そうなれば、布団を剥ぎ取った張本人をなまえは恨みがましく睨むしか手は無くなる。
「っ何すんの〜!」
「その言葉そのまんま返してやるよ。布団の中でぐちぐち何言ってんだよ」
「一人にしてほしいって言ったの!みんなにもう顔向けできないっ」
「ゲロの一つや二つでアホかお前。むしろそれを浴びた俺に何か言うことは?」
「その節は本当に申し訳ありませんでした!」