第8章 遠出
「…なに」
「あ、いや……隣?」
「そりゃそうでしょ」
「だ、よね〜」
ははは、と乾いた笑いが口から漏れる。
背もたれを倒し、頭の後ろに両手を組んで寛ぐ五条。彼は、何とも思わないのだろうか。こんなにも近い距離に座っているのに、と。思って、今までのことを振り返る。
互いの部屋に入るのはあたり前。
今より近い距離で夜中ゲームをしていた夏休み。
花火大会のお姫様抱っこ。
…新幹線で隣の席だなんて、今更、確かに可愛く聞こえる気がするが。
「(緊張するんだけどっ)」
先程まで新幹線にわくわくしていた心が、一気に別の感情へと支配される。何にも感じていないように欠伸をしている五条が憎たらしい。
「(やっぱり、違うんじゃないかなぁ…)」
花火大会に言われたことを、忘れた訳じゃない。その言葉の意味を考えて、舞い上がったり、分からなくなって落ち込んだり。
そもそも、彼のその言葉に対して、こちらの答えは必要なのかも分からない。返事をくれなんて言われてないからだ。
そして万が一、早とちりをして、私も好きだ、なんて言って…
「(笑われたら、それこそ立ち直れない…)」
むしろ容易に、こちらを馬鹿にした様子で笑う五条が想像できてしまう。
ー 俺は本気だから ー
駅前で言った、彼の言葉が頭をよぎって。
だからそれが分からないんだよと、なまえは目を閉じた。