第8章 遠出
おかしい、となまえは思う。
今までこんなにぐいぐいこなかったじゃないかと。学校にいる時は、たまに距離が近く感じるものの、ここまであからさまじゃなかった。よりによってこんな、2人だけの任務の時にと思ったが。
そこでなまえは、この二日間は2人きりで、誰にも助けを求められないことに気づいた。
ー え?だから、とか。そんな訳じゃ…ないよね? ー
背中に嫌な汗が流れるのを感じながら、圧力をかけてくる五条の視線に耐えられず、なまえは口を開く。
「さ、…悟、さん」
「なに、その『さん』は」
「さ、悟」
「そう呼ばないと俺もう返事しないから」
満足したように再び歩き出した五条に、我に返ったなまえが、えっ!?と慌てた声をあげて駆け足で彼を追う。
「ちょ、ちょっと!五条!」
「んー乗り場どっちだったかなー」
「っ…悟っ!」
「なーに?なまえ」
顔の赤いなまえを振り返って、ニッコリ笑う五条。こいつ本当に名前で呼ばないと返事しない気だ…!と小学生みたいなことをする彼に、戦慄を覚える。
「待ってよ!呼び慣れてないから、間違えちゃうと思うしっ…」
「だからこの二日間で慣れればよくない?」
「なんで急に…!」
「急に〜?俺が花火の日に言ったこと忘れた?」
ぎくりとして、立ち止まりそうになる。
そんな彼女に、五条は気づいていた。どうせ学校で名前呼びを強制したところで、他に目がある場では彼女は恥ずかしがってうまくいかないだろう。それなら、他に目がないところで、呼び方に慣れさせてしまえばいいのだ。
ゆっくりと。少しずつ。自分を擦り込ませていけばいいのだと、彼は考える。
「冗談だとでも思った?俺は本気だから」
これは、と。なまえは思う。
これは、もしかしなくとも、両想いというやつではないのだろうかと。だが、そっち方面の経験値が圧倒的に低いなまえは、どう返せばいいのかが分からない。
そして、そちらの方へ思考を深めるより先に、駅の中を蠢く人の波に、なまえは声にならない悲鳴をあげたのだった。