第7章 花火大会
そっと、なまえの前で片膝を地面に突き、動揺で固まっている彼女の左足を、右手でそっと、持ち上げた。
そしてその足の裏の、あまりの痛々しさに、何度目か分からず、五条は歯を食いしばる。
なまえが走り去った時、五条悟は、夏油傑に、思い切り左頬を殴られた。だが、殴られたことよりも、なまえの目から零れた涙が、耳鳴りの様に頭を巡っていた。
自分がどうするつもりなのかも分からないのに、彼女を追いかけないと、ただ、それだけを思って。
傑が何か叫んでいるのも、遠い世界のことのようだった。
いつの間にか走り出して、なまえの姿を追っていた。
人混みで、彼女がどこにいったのか全く分からない。呪力の気配を、追って、追って、追って。
薄暗い小道の、階段に座り込むなまえを見つけた時、数十分前の自分を殺してやりたいと思った。
あんなにも、彼女が花火大会を楽しみにしていたことを知っていたのに。
人混みにもまれた浴衣はひどく着崩れて、膝下も泥で汚れている。せっかく飾りを付けて艶やかにセットされていた髪も、ところどころ崩れていた。そして、片方だけの下駄。この辺りは、殆どが砂利道で、その上を素足で走ったのならば、その足の裏がどうなっているのかは、容易に想像がついて。
知らず、奥歯を強く噛み締めていた。
ふと、小さな彼女の姿が揺れる。
自分の気配に気づいたのだろうと分かった。立ち上がろうとした彼女の足が、再び砂利道を踏みしめようとしていて、気付けば、大きく叫んでいた。
その声は、なまえにとってどれだけ恐ろしいものだったのか。肩が大きく跳ねて、その小さな体が、更に小さくなった様に見えて。
彼女の恐怖を取り除こうと捻り出した声は、自分のものとは思えないほど、弱々しいものだった。
「…っ、悪かった…」
手の中にある、なまえの左足を握りしめたまま、五条悟が呻くように呟く。確かにその言葉が耳に届いて、なまえは目を丸くした。
まさか今、悪かったと、そう言っただろうか。
天上天下唯我独尊を地でいく、この人が?
そんななまえの考えが、表情に透けていたようで。
なまえの顔を見た五条は、ようやく、少し表情をくずし、捲れたように眉を寄せた。