第7章 花火大会
いつもみたいに、人を馬鹿にするような表情で。口調で。
なのに、いつもとは確実に何かが違って、なまえは言葉が出なかった。
「そういうのここでやめてくんない?白けるんだよね」
ああ、分かった。冷たいのだ。
言葉も、そこに込められた気持ちも。
先程まで高揚していた気持ちが一気に冷めていき、心臓が凍りついたように感じる。
何を舞い上がっていたんだろう。
初めてきた友人との花火大会に、初めての恋に。
見つめられるとドキドキしたあの青い瞳が、今は怖くて仕方なかった。
それでも、せっかく花火大会にきたのに。
この空気を自分のせいで壊しちゃいけない。五条のこんな言葉だって、いつも通りじゃないか。
私だって、いつも通りにしないと。ごめんって言って、笑うんだ。
ごめん、そんなつもりじゃなかったんだけどって。
口を開きたいのに、なまえの唇は震えて、うまく開くことができなかった。
「悟っ、お前っ」
「は、何?俺ほんとのことしか言ってないけど?みんなで楽しく花火大会にきてんのに、恋愛云々持ち込まれて、こっちが迷惑…」
堪えきれなかったなまえの瞳から、ボロリと、一粒涙が零れ落ちる。
五条が、ハッと息を呑む気配があったが、そんなの気にならなかった。
泣くのを堪えられなかった自分が、なまえは恥ずかしかった。
みんなに迷惑をかけている。その事実だけで、頭がいっぱいで。ここで逃げたらもっとみんなに迷惑がかかると分かっているのに、ずりっと、足が一歩後ろへ下がる。
「なまえっ」
「っ…ごめっ、硝子」
次の一歩を踏み出したら、もう止めることなんてできなかった。
ただ、この場から消えてしまいたくて、走り出していた。
決壊したダムみたいに、次から次へと涙が溢れ出てくる。鼻水まで出てきて、うまく呼吸ができない。
履き慣れない下駄では、うまく走れなくて、途中で左足の下駄が脱げた気がしたが、止まることは無かった。
砂利を踏みしめる足よりも、胸の方が痛かった。
どれだけ走っただろうか。
浴衣の裾が邪魔をして、何度かつまづいてしまい、せっかくの浴衣は泥に汚れてしまっている。
花火大会の会場からは、もうずいぶん離れてしまった。
周りも暗くて、自分が今どこにいるのか今いち分からない。
「っ…」
今になって、足にはしる鋭い痛みに、顔を顰める。