第7章 花火大会
「っ……」
声が、出なかった。
顔が、急に熱くなる。簡単だと思っていた一言が、実は全然簡単じゃなかったことに、そこでようやく気付いたのだ。
「?なーに?なんか言った?」
口を開いたはずのなまえの声が聞こえず、五条が聞き返す。
ダメだ、言えない。これは無理だ。意識すればするほど、言えないと強く感じて。
「なまえ、どうかした?何か見たい屋台でもあった?」
夏油の声に、我にかえる。
ハッと、そちらを見れば、夏油の優しい顔。
ああ、と思う。夏油なら大丈夫なのに。こちらなら、きっと。
「傑」
ほら、こんなに簡単に言える。
どうして『悟』は言えないんだろうと考える彼女は、気付かない。
彼女の呟いた言葉で、場の空気が凍りついたことに。
ふと周囲の違和感に顔を上げれば、夏油が言葉なく固まっていて。
しまった。名前だけ突然呼んで、呼び逃げ状態だったと思い至るなまえ。
「あ、ごめん、傑って、これからそう呼ぼうかなって。ほら、私だけ苗字で呼んでたからさ」
慌てて説明するが、どうにも反応が芳しくない。
困惑して、周囲を見渡せば、何やら額に手を当てて、いかにも「あちゃ〜」と言いたげに俯いている硝子が目に入る。
いったい何なんだと、もう一度夏油に視線を戻せば、どこかまた表情に固さを残しつつ、彼はようやくニコリと笑った。
「ああ、もちろんかまわないよ。」
「よかった!びっくりした!ダメなのかと思ったじゃん!」
名前呼びの許可をもらい、ホッと息を吐く。
そして、気づく。この流れで、五条の名前も呼びにいけるのではと。むしろ、これ以上のタイミングはないだろう。
この機会を逃してはいけないと、五条の方を振り返って、
「っ」
思っていたより近くに立っていた五条に、どきりする。
見上げた彼は、心なしか、先程よりも雰囲気が変わっているように感じた。しかし、サングラスで目が隠れており、その印象に確信を持てない。
「あの、ごじょ」
「なにお前」
なまえの声を遮って、五条が口を開く。
思わず口を閉じた彼女を、彼は見下ろす。
「傑に気があんの?」