第7章 花火大会
手にはしった軽い痛みよりも、その弾いた人物に驚いて、夏油は目を大きく見開く。それは、硝子も同じだった。
「…?」
なまえも、これがどういう事態なのか分からず、目を瞬かせる。
目の前で起こった事実だけを言えば、突然、夏油が伸ばしかけた手を五条が払い除けたのだ。
そして、五条自身も、自分のその行動に驚きを隠し切れていない様子だった。しかし、驚きよりも、何か強い、怒りに似た感情が、彼の中にあった。夏油の伸ばした手の、その目的を察した時、突如としてそれが湧き上がったのだ。触るなと、頭に響くより先に、体が動いた。
止まった空気が動き出す、その前に。
ガタンと乱暴な音を立てて、席を立ったのは五条だった。
「なまえ、ちょっときて」
「あ、はい…」
何がなんだか分からないまま、呼ばれるがままに立ち上がれば、そのまま腕を掴まれ、五条が歩き出す。引かれるままに、早足で歩く五条の歩幅に合わせるため、小走りになる彼女は、不機嫌そうな五条と、席に座る夏油と硝子を、困惑した表情で交互に何度も振り返る。
そんな2人が、食堂の出入口から出ていき、姿が見えなくなったところで、硝子はようやく口を開いた。
「え、なにこれ。めちゃくちゃおもしろいことになってんだけど」
あながち、大人の階段のぼったっていうのも間違いではないのでは、とテーブルに肘をつき、その左手に左頬を置く。その目には、彼女には珍しく、楽しいという感情が浮かんでいた。驚きの感情から未だ抜けきらない夏油も、ようやく現状を理解して、はーと驚きと感心が入り混じる息を吐く。
「まさか悟が、ね。驚いたな。」
「しかも無自覚っぽいのに、なまえを他の男に触られるのが嫌って、どんだけ心狭いんだか。うける」
なまえから話を聞いた限り、夏休み中に2人の関係に変化がなかったことは本当だろう。少なくとも彼女からは、関係が発展して浮かれている様子は伺えず、先程の五条の行動に対しても、理解できていない様だった。
だが恐らく、それは五条自身も同じで。
なまえに対して、自身の気持ちが変化してきていることに、気付いていないのだ。だから、夏油の手を払い除けた自分に驚いていたのだろう。その瞳には、確かな怒りが灯っていたのに。
「 なまえ、無事かな」
「大丈夫でしょ。…今はね」