第6章 夏休み
突然の五条の行動に、ひどく穏やかな心地にいる彼とは違い、なまえは混乱の渦にいた。
五条の額に手を当てて、熱があると分かった時。
よく見れば、トロンとした目に、いつもより赤い顔。
ー 正直に言うと、心配よりもかわいいと思ってしまったのは、認めるっ ー
熱があると言っても、頭が回らないのかいまいち伝わっていなさそうなところも、かわいくて。思わず笑ってしまったからなのか。
なぜか、彼女は彼の腕の中に囚われていた。
分かっている。
五条は恐らく、熱があることで今自分が何をしているのか理解できていないのだ。おや目の前にクッションがあるぞ、よし抱きしめようぐらいの勢いかもしれない。
そう、分かっていても。
好意を抱いている人間に抱きしめられれば、胸の高鳴りも動揺も、抑えられるものではなく。行き場を無くした両手が、無駄に宙を彷徨う。
抱きしめてくる身体の熱さに、火傷してしまいそうだと思って。
そこでようやく、混乱していた頭が、五条に熱があるんだということを思い出させる。
ー そうだ、こんな所でこんなことをしてる場合じゃっ… ー
「ご、五条っ」
声をかけてみる。震えてしまった声は、思ったより小さく、聞こえていないのか、返事はない。
「五条ってば!」
今度は、先程より大きい声で。
つとめて強めに出した声は、今度は確実に届いている自信があった。
だが、
ー 返事がない、屍のようだ…じゃなくて! ー
どうなっているんだと、今度は空いている両手で五条の体を押し、なんとか少しでも距離をあけようとするが、基本的な身体の力と、体重差が邪魔をしてうまくいかない。
気のせいか、先ほどより重みが増している気がして。そこで、まさかと、気付く。
「え……寝てる…?」
いつの間にか感じる、規則正しい寝息。
首筋に乗っていた頭が、力なく重みを伝えてくる。
これは、完全に寝ていると、理解して。
「うそ……え、これ、どうすれば…」
寝ている体は重みを増して、引き離すことができない。
かといって、熱がある人間を床にえいやと倒すのもさすがにできない。
ていうか、私も寝たい。
数十分後、夜蛾先生に発見されるまで、なまえはその場を動けず、立ち尽くすこととなるのであった。(そして夜蛾先生に、公共の場での男女の付き合い方を延々と説かれた)(違うのに!)