第6章 夏休み
「え?それ、いいの?」
「いいでしょ。よく考えたら、向こうは帰ってこいって言ってるけど、俺は別に帰りたい訳じゃないし」
わざわざうるさいところに帰る必要がないと、言い切る。いいのか、そうなのかと悩むが、確かに帰ってこいと言われて帰る五条ではない気もする。
ということは、と。なまえはハッと気づく。
期待に、口元がゆるむのが分かった。
「えっと、じゃあ夏休み中は…」
「あー、ここ(呪術高専)にいる。とりあえずマリオは全クリするまでがノルマだから」
「!イエスボス!」
「あ、ルイージ死んだ」
「!?」
亀の甲羅を避け損なって、画面上から消えていくルイージを見送るなまえ。次は死ぬものかと復活したルイージを操りながら、つい先程まで感じていた寂しさが、嘘みたいに消えていくのが分かった。
夏休み中、一緒に過ごす人がいるということが、なまえの心をじわじわと暖める。
感情を隠すことが苦手ななまえは、あからさまなぐらいにテンションが上がって。マリオ邪魔ーと笑いながら、コントロールを操作する。
そんな彼女の耳に、ふと、笑ったような気配が届いた。
え?と、隣を見るが、五条は画面を観ながら、おらおらおらマリオさまのお通りじゃーとスターゲットによる快進撃を繰り広げている。
気のせいだろうか、と画面に向き直るが。
唐突に、もしかして、と思った。
もしかして、隣にいる彼は。
なまえのために、高専に残ってくれたのではないだろうか。
一人で学校に残るのだと知り、落ち込む自分のことを、考えて。
きっと、聞いたとしても本人は認めないだろう。
でも、そう考えてしまうと、恐らくその考えは正しいだろうという、妙な確信があった。だって、きっと彼は、そういう人間だから。
嬉しいような、泣きたいような。
言葉に表せない複雑な感情が心に押し寄せる。
いや、今はゲームに集中するんだと、どこか弛んだ口元を隠し切れないまま、画面へと向き直って。
「あ」
「あ゛っ」
ちょうど、画面の中でジャンプした拍子に、ルイージに踏みつけられたマリオが、赤い溶岩の中へ落ちていく。
「なまえ、おまえ…」
「さあー、次がんばろう!ほらほら五条、マリオ復活したよ!」
楽しい夏休みになりそうだ、と。
なまえは心の底から笑った。