第5章 初夏
「硝子のやつ、お前が重症で手の施しようがないって言ってたけど」
「っ(あー、んー!それ間違いではないやつっ)」
なんとも言えない硝子の説明を聞いて、なまえは顔を歪ませる。
まぁ十中八九硝子の冗談だと考えていた五条は、なまえの反応を見てやはり冗談だったかと、どこか安心を感じた自分に、一瞬戸惑う。
それをごまかすように、皿に盛られたリンゴに手を伸ばし、口へ入れると甘酸っぱい爽やかな味が口内に広がった。
「…あれ?それ私のために持ってきたんじゃ…?」
「はいはい、焦んないの」
「んぐっ!?」
ジトリと汚物を見るような目を向けてくるなまえに、五条が別のりんごを指で掴み、それを彼女の口に押し込む。
五条を非難する顔で睨んだなまえだが、口にした果物はお気に召したらしく、そのまましゃくしゃくと食べ始める。
リスかとどこか呆れたようにその様子を眺めていた五条は、なまえが突然口の動きを止めたことに、ん?と意識を向ける。
どうやら、りんごを掴んだ五条の指が、りんごを食べたことにより彼女の口の近くまできたため、これ以上食べるのを躊躇っているのだ。
目線で、指を離せと訴えてくるが、そんな目を向けられると虐めたくなるのが五条がクズといわれる所以で。
「ん?どうしたのかな?なまえ」
「っ、うい!(ゆび!)」
「ほーら遠慮せずもっと食べろよ」
少し力を込めて指を押し込めば、指は今にもなまえの唇に当たりそうで。分かりやすく真っ赤になる彼女。
(りんごみたいだな)と五条は思いながら、ふと、その果汁で少し濡れた唇は、どんな感触がするんだろうと、唐突に思った。
そんなの、触ってみれば分かることだ。
躊躇うことなく。そのまま、指に更に力を込める。
りんごがなまえの口へと沈んで、五条の指先が、彼女の唇へと近づく。無意識に、ごくりと喉がなった。
と、
「っ、いってぇっ!」
指が、唇に触れる寸前。
追い詰められたなまえが、五条のその指に噛み付いたのだ。
まさか噛み付くと思ってなかった五条は、さすがに突然の痛みに指を引く。
綺麗な歯形が指に残っているのが見えた。
「天誅っ」
「いやいや、野生動物かお前はっ!?」