第5章 初夏
自業自得だと、真っ赤になりながらも五条を睨むなまえ。
凶暴なやつと言いながら、噛まれた指を振りつつ、またリンゴに手を伸ばして食べ始める五条。
だからそれ私のために持ってきたやつでは…?と最早突っ込む気力もない。
目だけで訴えかければ、「お前はもう寝ろ」と左手で目元を覆われた。
「いや、これ寝れないって」
「でも寝ろ」
「ええー…唯我独尊…」
目元を覆われたため、視界は闇に覆われたが、手から顔へと伝わる体温に、また顔が赤くなっていないかと心配になる。
こんなの絶対に眠れるわけがないと思ったが
「(意外と心地いい、かも…)」
目元の穏やかな暖かさと、闇。
しゃくしゃくと五条がりんごを齧る音も、BGMのように落ち着く。
ー… あ、やっぱり、私、好きなのかも …ー
ふと浮かんだ考えが、霧散するようにして、なまえは静かに眠りに落ちたのだった。
スーッと、静かな寝息を立て始めた彼女を、五条はジッと見る。
小柄な彼女は、人との距離に慣れていないのか、よく赤くなる。それが面白くて、何度わざと彼女に触れただろうか。
「(めちゃくちゃ面白いからやめる気はないけど)」
ただ、今回…唇に触れたいと思ったのは、それとは違う感情だった気がする。
純粋な、好奇心だったのだろうか。
視線が、また吸い寄せられるように、なまえの唇へと向かう。
今ならば、なんの邪魔もなく触れることができるだろう。
「(いや…なんか違う、気がする)」
自分のことなのに、よく分からない。
ならば考えなければいいと、首を振った。
五条家に、稀に見る力の抱き合わせを持って生まれた五条悟にとって。
この高校での生活は、初めて感じる、特別なものだった。
だからもちろん、同じクラスで過ごす夏油傑も、家入硝子も、みょうじなまえも、彼にとって特別な存在で。
「ん……」
声を漏らすなまえに、視線を向ける。
もう、部屋を出てもいい頃合いだ。
だが、彼女の目元を覆う左手を、何故だかもう少しそのままにしておきたいと思う。
だから、彼はまたリンゴへと手を伸ばす。
食べ終わるまで、いればいいかと。