第5章 初夏
夏油が呪霊を取り込むのを待ってから外へ出ると、3人を待っていたように帳が上がっていく。
帳が消えると、空気まで変わる気がする。深呼吸しようと大きく息を吸い込んだなまえの頭に、慣れた重みがかかって、せっかく取り込んだ空気がブハッと口から飛び出た。
「ちょ…私の空気っ!」
「はいはい、いくらでも新鮮なのあげるからね〜」
宥めるように言いながら、当然のように頭から腕はどかさない。
あの東京タワーの一件から、五条のこういう距離感の近さをつい意識してしまう。できるだけ平常心をと思っているが、心臓に悪いことには変わりなく。
一度、頭に置かれる腕から徹底的に逃れようと行動したところ、そこがまた五条の加虐心的な何かに火をつけてしまったのか、それまで無意識的にやっていた腕置きを、しつこいぐらいに繰り返すようになり。
結局、彼女は腕置きから逃れることを諦めたのだった。
因みに五条曰く、目標はなまえが縮んで更に腕が置きやすくなることだそうだ。縮んでたまるか。となまえは心で毒づく。
補助監督が用意した車に乗ろうとドアへと手を伸ばして、瞬間、それまで頭に乗っていた五条の腕が滑るように首まで落ちて、そのままグイッと後ろへ引かれた。なまえの喉から、グェッとカエルの死に際みたいな声が漏れる。
「おいこら、なまえは助手席乗んなよ」
「っ…女の子の私が助手席で、むさ苦しい男子二人は後部座席という配置に何か問題でも!?」
「小さいお子ちゃまは後ろのお席。こん中で一番高身長でイケメンな俺が助手席なの」
「2人とも、俺の席を空けてくれてありがとう」
「「あ゛っ」」
2人が言い争っている間に、その好機を逃さず、滑り込むように夏油が助手席へ座る。
しまったと思うが、さすがにもう座ってしまった夏油をどかす元気はない。
くそぅ五条のせいだと嫌々ながら、後部座席に乗り込む。
そうすればもちろん、おらおら詰めろと柄の悪い五条もなまえに続いて追い立てるように乗り込んでくる。
反対から乗ればいいのにとゴミ屑を見るような視線を向けるが、五条本人は全く意に返さない。
どうして私はこんな男に…となまえはこれまた何度目か分からない自問自答を繰り返した。