第11章 絶望
「悟」
呼び止められて、彼は振り返った。
任務から戻ったばかりの彼だったが、体に疲労はない。どんな呪霊も、「最強」の異名を持つ彼の前では、取るに足らない存在だからだ。
だが。本来であれば、任務を終えて上機嫌であるはずのその表情は、とてもそうであるとは言えなかった。眉間の皺と、鋭い目つきが、彼の苛立ちをありありと伝えてくる。
「…なんすか?」
返事もまた、彼の後輩である伊地知が聞けば、ひぃと悲鳴をあげそうなほどに低かった。
2日前、夜蛾から夏油の呪詛師堕ちを聞き、それから彼は、言葉にできないような焦燥感と苛立ちをずっと胸に抱いていた。夏油をよく知る彼だからこそ、信じられなかった。なぜ、と考えて。最近、あまり夏油と顔を合わせていなかったことを思い出した。もちろん、全く合わせない訳じゃない。言葉を交わすこともあった。
少し、様子がおかしいとも、思った。
だが、そんな時。夏油はいつも決まって、「大丈夫」と口にした。夏油と五条は親友だ。夏油がもし悩み、考えていることがあるなら、自分に相談するはずだと、五条は信じていた。親友である夏油を、五条なりに、信じていたのだ。
その結果が、親友の呪詛師堕ち。
自分を頼ってくれなかった親友を責めればよかったのか。そうなるまで気づかなかった自分を責めればよかったのか。
吐き出せなかった苛立ちを。吐き出した先は、五条にとって最も愛しいはずの彼女だった。
思い出して、五条の眉間の皺が深くなる。
久しぶりに会えた彼女に。あんなことを言うつもりじゃなかったのだ。本当なら、抱きしめて。彼女の腕の中で、泣き叫べたなら。
「緊急の任務だ。お前に頼みたい」
「俺、今任務から戻ったばっかなんだけど」
「分かっている」
苦々しく告げる夜蛾に、五条は億劫ながらも先を促すように視線を向けた。ただ、反論してみたかっただけだ。人手が足りていないことは分かっている。
視線を向けた先で、何故か一瞬。夜蛾が躊躇ったように見えた。