第11章 絶望
「きゃあああっ!?」
隣に座っていた少女に襲いかかった呪霊を、蹴りで祓う。
「私から離れないでっ」
あまりにも数が多すぎる。夏油を呼ばないと。
思って、今祓った呪霊に、覚えがあった。その残穢にも。
これは、夏油が取り込んだ呪霊だ。
理解して、夏油が夫婦と向かった場所へと走り出す。夏油に何かあったのだ。取り込んでいたはずの呪霊を制御できなくなったのか、もしくは、考えたくないが夏油の身が危険に晒されている。恐らく、夫婦が閉じ込めていたという何かが、私たちの想像以上に強敵だったのだろう。
もう、誰かを失うのは嫌だ。
後ろから少女が付いてきているのを確認しながら、道中の呪霊を祓っていく。術式が使えず、目の前で助けの間に合わなかった住民が、呪霊に引き裂かれるのを、何人も見た。まさに阿鼻叫喚。地獄絵図の様で。数の暴力に、なまえは無力でしかなかった。側にいる一人しか、守ることができないのだ。
急に押し寄せた吐き気に、堪えきれず木の根元で嘔吐する。頭が中がぐるぐると回って、平衡感覚すら危うく感じる。それでも、行かなければ。手遅れになる前に。
足に力を込めようとして。
「なまえ」
呼ばれて、顔を上げたなまえは。安心したように、その表情を崩した。特に怪我をした様子もない夏油が、そこに立っていたのだ。
その背後には、ひどい怪我をした小さな女の子が二人、立っているのが見える。
「っ…夏油、よかった、無事で…」
「なまえ、決めたよ」
彼女の言葉を遮って、夏油が一歩、なまえに近づく。否、違った。
「私は、非術師を皆殺しにする」
背後にいた、なまえについてきた少女に近づいたのだ。瞬間、飴玉みたいな声を持つ、その少女の首が、宙に舞った。
ピッと、飛び散った血が、なまえの頬を汚す。
瞬きもできずに、なまえはただ、夏油を見ていた。夏油だけを、見ていた。今まで何かに悩んでいたように暗い顔した彼が、今は憑き物が落ちたように、晴れやかな顔をしている。
ひどい頭痛が、彼女を蝕む。
「げ、とう……なに、言って…?」
絞り出した声が、ひどく掠れていた。少し気を抜けば、また嘔吐しそうで。
なまえの背後で、首のない少女の体が、どさりと音を立てて倒れた。