第65章 年越しは3つの日輪と 〜another story〜✳︎✳︎
トン ——
『よし!成功だ!任務は達成した!』
『やりましたね、兄上!俺達もやれば出来るのですね!』
兄弟は目線でそんな会話を繰り広げつつ、心の底から安堵していた。
しかし —— 次の瞬間。
「う、うギャァァアアァアアン!!!」
「むう、やはりダメか」
小さな体に似つかわしくない泣き声が和室に響き渡った。
「ああ、またこの子にも移ってしまいました……不思議ですねぇ」
千寿郎が下向きの眉を更に垂れさせる。
そして、布団に寝かされたもう1つの小さな体をそっと抱き上げる。
「ウギャァン………ウギャァアアン」
「大丈夫だよ」
彼が優しく落ち着いた声色で腕に抱いている宝物に問いかけていくと、荒波が少しずつ引いていくかのように。
泣き出した声も徐々に徐々に鳴りを潜めていった。
『千寿郎はあやし方がやはり上手いな。俺も負けてはおられん……』
杏寿郎も自分の腕の中にいる宝物をなだめるべく、あの手この手を尽くしてみるが、なかなか上手くいかない。
「よしよし、今日も元気に泣いているな!さすがは煉獄家の男児だ!」
それでも弟の手前、兄は強がりにも似た言葉を発する。
『七瀬……早く戻って来てくれ!』
しかし、本音はこうだ。
「兄上、笑ってくれました!」
余裕を感じさせる弟に焦る杏寿郎…彼の運命は神のみぞ知る。
時は大正時代半ば。
ほんの数年前までここ日本にその悪しき姿形で、人々を恐怖のどん底に突き落とす人喰い鬼が存在していた。
長い長い気の遠くなる程の時間。
鬼達は悪行を重ねていたが、鬼を滅する事が出来る刀 — 日輪刀を携えた者達によって、とうとうその悪の親玉が討伐された。
鬼の始祖を滅殺した彼らの名称は鬼殺隊。
その鬼殺隊の中心として「柱」と呼ばれた最高峰の剣士が9人いた。
9人の内”炎柱”の雅号(がごう)を持ち、生涯あまたの鬼を討伐した1人の男………その名は煉獄杏寿郎。
彼は最後の炎柱であった。
杏寿郎は鬼殺隊解散後、自身の継子を務めていた1人の女性と夫婦となった。1年後、杏寿郎と彼女の間に若獅子と形容される2つの命が誕生した。
今しがたまで1頁と少しに渡って綴った出来事は、その風貌から「獅子」と評されていた彼が、父親となった瞬間を切り取った日常のほんの1場面である。
end.