第60章 茜が沈む、緋(あけ)が昇る ✴︎✴︎
チン ——
七瀬が日輪刀を鞘に納めたその時、下弦の壱の頸が後方5メートルの場所に転がっていた。
彼女はふう…と深く呼吸を一度した後、ゆっくりと頸がある場所まで歩いていく。
『何だろう……頸を斬った瞬間、この人によく似た男の人の姿が頭に入って来た……』
彼女は夕葉の頸を両手でそっと持ち上げる。彼の端正な顔は既に鼻の位置から下半分が空気と混ざり合い、サラサラと消滅していく途中であった。
茜色と焦茶色の双眸が交錯する。すると互いの脳内にある人物の顔がはっきりと浮かぶ。
七瀬には朝緋の顔、夕葉には茜の顔だ。
「ごめんな……俺なんかと出会ったばっかりに……」
「俺なんか、なんて言わないで。あなたに会えて私はとても幸せだったの。お互い生きてた頃は一緒になれなかったけど……これからは2人ずっとずっと……どこまでも一緒だよ」
「ああ、そうだな……」
“——— 茜”
『………!』
七瀬は両手に持っていた夕葉の頸を自分の胸元に抱き寄せる。
少しずつ少しずつ、頸が粒子となって姿を無くすその最後の瞬間まで腕から離さなかった。
茜の生まれ変わりである彼女は自分の体と心に”朝緋”と呼ばれていた鬼の存在を深く深く刻んだ。
「七瀬、どうした?大事ないか」
自分の名前を呼ばれると、彼女は閉じていた両目をゆっくりと開ける。
左横から自分を覗き込むのは師範ではなく、恋人の表情をした杏寿郎だった。日輪の双眸が心配そうにゆらゆらと揺れている。
「はい……ありがとうございます……大丈夫です……」
「そうか、ならば良かった………七瀬?」
フラ……と突然自分に向かって倒れて来た恋人の体を杏寿郎は咄嗟に受け止めた。
「よもや、寝たのか……」
穏やかな表情で寝入っている様子に安心した杏寿郎。
その後 ——
炎柱は事後処理としてやって来た隠の内田に七瀬を託し、勾玉を昌子に返却した。
それから炭治郎・善逸・カナヲ、そして霧雲杉の箱に入った禰󠄀豆子と共に一路帰宅の途につく。
彼らを照らしていたのは燦々(さんさん)と輝く鮮やかな緋(あけ)。
それは暗い夜の終わりを示し、1日の始まりを力強く連れて来る“希望の朝日”