第57章 緋星(あけぼし)喰われしその時に、心炎で天蠍を衝け ✴︎✴︎
〜朝霧から見た景色〜
『ふふ、良い具合いに負の感情が放たれているわねぇ』
思った通り、この女は隊士としての葛藤が常にあるようだ。所詮は人間。ちっぽけで弱くて、心が簡単に捻り潰せる。
本当に脆いものだ。
自分が炎柱の継子に放った血鬼術はその対象の人物の闇——普段出る事のない、隠している部分。
もしくは自分でも気づいていない心の奥底に焦点を当て、そこで燻っている思いを一気に表出させる術である。
七瀬は炎柱にとても強い感情を、2種類抱いている。
一つは恋人を慕うと言った恋愛感情。そしてもう一つが師匠に対しての嫉妬だ。
目指すべき人物と恋焦がれる人物が一緒……。状況によって吉と出る場合もあるし、凶と出る場合もある。
人間は努力をするのが好きな生き物だと思う。これまで恋仲の男女を喰って来てそれを心底感じて来た。
好きな男に良く思われたい—-たったそれだけの為に女はああでもない、こうでもない、と考えを巡らせる。
“綺麗” “可愛い“
そう言って貰えると嬉しいから、化粧をする。
”似合っている“
そう言って貰えると嬉しいから、相手好みの服装を考える。出会う約束をしている日…なんなら当日の朝まで何を着ようか。そこまで考える女もいる。
因みに今、目の前で自分の感情に苦しめられているこの女は爪先に色を塗る……爪紅を施すらしい。
恋人である炎柱と初めて2人で出かけた際、大層褒められたようだ。
それから毎回毎回、爪先を色づけている。
...............。
馬鹿馬鹿しい。努力なんてした所で、毎回報われるわけじゃないのに。人間の男なんて一部を除いて、鈍感なやつらばっかりじゃない。
なのに何故、女は鈍い男達の為に綺麗になろうとするのか。
時代が明治から大正になり、自分の為に綺麗になる。
そんな女も最近出てきてはいるようだけど、まだまだ少ない印象だ。
鬼の自分は頸を切られない限り、老いる事はない。体に受けた傷だって時間が経てば、すぐに戻る。努力などしなくても綺麗なまま。
ほんっと哀れよねぇ、人間の女は。歳をとるし、体力だって年々落ちると言うじゃない。
“鬼で良かった”
苦しむ七瀬が可笑しくてたまらない。そんな思いを腹の底から感じていた。