第54章 霞明ける、八雲起きる
これはまた……もしかして……
「きょ…」 「七瀬」
2人の声が同時に重なる。私はどうぞ…と右手を彼に向けて発言を促した。
「やはり時透は…」 「ないです。絶対に」
あ……しまった。促したのに彼の発言を遮ってしまった。
「………そうか?」
「はい。気になる異性に倒しがいがあるなんて言いませんよ」
この言葉に安心したのか、彼はようやく笑顔を見せる。
「先程言い忘れた事があるのだが、良いか?」
「何でしょうか……」
「以前言ってくれたな。俺のようになりたい、と」
うん、確かに。まだ恋仲になる前だよね……懐かしいや。1回首を縦に振ると、杏寿郎さんが続けてこう口に出した。
「それはとても有難いし、嬉しい。だが君は君だ。自分にしか出来ない、自分だから出来る事も見つけていってほしい」
「私に出来る事……ですか」
「ああ」
何だろう……呼吸かな。一応欠けていた型を編み出したし、改も編み出したし。
「因みに桐谷くんにも今伝えた事と似たような話をしたぞ」
「あ、それはちょっと嬉しいです…」
私が笑顔を見せると、彼も笑ってくれる。
「俺は君が成長していく姿を1番近くで見ていきたい」
「成長……」
うむ、と頷く彼は座卓の下で私の右手をきゅっ…と絡める。
すると瞬く間にドクン……と心臓が高鳴り出してしまう。
「恋人としても…だがな」
「………!ありがとうございます…」
色々頑張りますね、と絞り出すように私が伝えた後、彼は何事もなかったように手を離す。
そうして、さつまいもの甘露煮を食べ出した。
…………私がこの人に勝てる日なんて来るのだろうか。
そんな事を今の自分自身に、そして未来の自分に問いかけた暑い暑い夏のとある1日。