第26章 居場所
「だからこそ、言ってしまった場合皆を困らせてしまうのではないかと危惧しました。提案なんかしなければ良かった、と後悔させてしまうのではないかと」
けれど、冷静になってみてよく分かった。それを言われるかもしれないことを1ミリも予測していないはずはないのだ、ただでさえ月奈の性格や性分を知っているのだから。
「そんなこと皆さんならお見通しですよね。それも予測していて、私が予測通りの言葉を言ったとて何も変わらないし誰も困らない。それに、向かい合って我儘を聞いて貰えるなんて状況がとても幸せなんだって改めて気付いたんです」
煉「この短時間でよくそこまで考えが行きついた物だ!感心感心!」
(これも実弥様のおかげだけれど…皆の気遣いに気付くことが出来て本当に良かった。また会った時に御礼を言わないと…)
「鬼殺隊に戻り、戦いの最前線に行くのは無理ですが、この蝶屋敷で皆の帰る場所を守る。鬼殺隊に入って守る力を得るように尽力して下さったお館様や隊士の方々への恩を返し、自分が幸せでいられる場所を自らの力で守れるなんてとても有難い話だと遅ればせながら感じた次第です」
自分の胸中を言葉にした月奈は、ふと自分の体から力が抜けた感覚に気付く。知らず知らずのうちに緊張していたのだろう、膝の上に置いていた手を見れば指先が白くなるほどに握っていたのだ。
煉「そうか。俺達の身勝手な提案と分かっていて有難い話と思ってくれるか…」
優しく重ねられた杏寿郎の手に、固く握っていた月奈の手が緩んでいく。日夜剣を握る杏寿郎の手は鍛錬で出来た豆が破れ、固まった痕を残す手だ。この手でどれほどの人を守り、また月奈自身がどれだけ救われたのか…
煉「月奈?」
静かな部屋で響く声にゆっくりと視線を上げた先には、少し心配そうな表情の杏寿郎。月奈は微笑みを返し両手で杏寿郎の手を包み込むように握る。
「この手が救った命を私も守りたい…それだけじゃなく」
煉「それだけじゃなく?」
「これからも多くのものを守るこの手が休める場所を守りたいと、そう思っています」
業突く張りでしょうか、そう言った月奈は怯えも我慢も無い晴れやかな表情で笑っていた。