第21章 悪夢
「何がいいかしら、すぐ分かるような大きな物は外すとして…」
ぶつぶつと呟きながら部屋を見回しめぼしい物を探す月奈。悠長に探す暇は無いのだが、ついつい物を手に取っては眺め、そして戻す、この動作を繰り返すばかりだ。ふと部屋の隅の衣紋掛けに目が留まる、そこには炎柱のみが身に着ける羽織がかけてあった。
「羽織…は大きいから駄目ね。それに煉獄家の家宝のようなものだもの、抱いて眠るなんて失礼よね」
ふと先日、時透の屋敷から運ばれた時のことを思い出した。もう少しと二度寝をして目覚めた時、自身の手にはしっかりとこの羽織が握られていたのだ。状況が分からない月奈に杏寿郎は苦笑しながら説明してくれた、帰路の途中で月奈は杏寿郎の羽織を掴んだまま眠りに落ちてしまったのだと。
(それを離さないまま眠りこけていたのは恥ずかしかったけれど、杏寿郎様は怒ったりしなかったわね。少し呆れていたというか拗ねていたようにも見えたけれど…)
羽織に指を滑らせれば、良い生地を使って仕立てられているのが分かる。滑らかなそれでいて柔らかい生地。
(これを脱ぐ時は引退する時。私と弟のことでこれを脱ぐことは、絶対にあってはならない事、槇寿郎様も千寿郎さんも不幸になってしまう)
「もうじき隊服姿も見られなくなるのね…目に焼き付けておかないと」
煉「よもや、俺の部屋に忍び込んでいるとは!」
背後からかかった声に驚いた月奈はヒェッと声を上げた。振り返れば目をパチクリとさせた杏寿郎が廊下に立って月奈を見つめていた。
「あわわ…す、すみません!すぐに部屋に戻りますので!」
煉「別に構わん!眠れないのならば羽織など持たずに俺と眠ればいいだろう」
まだ少し湿った髪を拭きながら部屋にはいってくる杏寿郎は、まるで月奈が考えていたことを分かっていたかのように唇が弧を描いた。
「ぅ…どこからお見通しだったのですか…」
煉「最初からだ。俺の帰りを待っていたとでも言えば誤魔化せたかもしれないがな、眠れないのなら正直に言えばいい」
すみません、と小さく呟いた月奈の頭にポンと手を置くと杏寿郎は文机へと向かった。今日の任務の報告書を書くのだろう。
煉「先に布団に入っているといい、風邪を引かないようにな。俺は報告書を書き上げてから布団に入る」