第21章 悪夢
言われるままに布団に入り、枕元に近い文机からサラサラと流れるような筆の音に耳を澄ませる。眠れるはずもなくうつ伏せになると枕を抱えて杏寿郎の後ろ姿を見つめる。
(こんな風に後ろ姿を見ていることも出来なくなるのね。何気無く過ごしていた日常がこんなにも尊い物だった、なんて今更気付いても遅いわ)
失って初めて気付く、とはよく聞くが失うことに気付いた時にそれが如何に素晴らしい物だったか気付くこともある。と月奈は一人納得する。
(手を伸ばせば届く距離なのに、私は臆病者なんだわ)
杏寿郎の為と信じて行動しているけれど、結局は自分の為。我儘で杏寿郎に縋れば柱としての地位を貶める事になりかねず、そうなった時自身に向けられる瞳が恐ろしいのだ。
(お前のせいで、と杏寿郎に言われたら...きっと私は堪えられない)
視線に気付いたのか振り向いた杏寿郎の優しい瞳に月奈は安堵する。この優しい表情はこれから自分ではない他の女性に向けられる、そう思うとズキリと胸が痛んだ。
煉「視線がくすぐったいぞ!早く眠れ」
「炎柱様がお仕事をしていらっしゃる後ろで隠の私がスヤスヤと眠るわけにはいきません!」
痛む胸を隠し、月奈はおどけたように杏寿郎に返事をした。むぅ、と唸った杏寿郎は再び筆を滑らせていく、終わりかけだったのかものの数分で書き上げ筆を置いた。
煉「炎柱の任務は終了だ!さっさと寝るぞ月奈」
布団に入った杏寿郎は自然と月奈を抱き締めて眠る、規則正しい寝息に月奈も眠りへと誘われていく。
どうか悪い夢を見ないように、と願いながら。