第21章 悪夢
煉「ところで」
月奈が振り向くと杏寿郎が何やら穏やかではない笑みを浮かべている。いつもの意地の悪い笑みではない、滲み出る空気を言い表すとすれば…
(怒り…?)
何故?と少し引き攣った笑みを浮かべた月奈はゴクリと唾を飲み込んだ。今から始まるのは楽しい時間ではなさそうだと気付いた月奈は意を決して杏寿郎に向かい合って座り直す。
「申し訳ありませんでした」
煉「何故謝る?何に対して謝った?」
正直な所、何に対して怒っているのか心当たりが多すぎる月奈。何に対して、と言われて言い淀むしかない。
煉「心当たりも無く謝ったのか?」
「いえ、その…心当たりが有り過ぎて」
あれと、これと…と指を折っている月奈に杏寿郎は頭を抱え溜息を吐いた。その溜息の長さに不味い事を言ってしまったと気付いたが時既に遅しだ。
煉「順番に聞こう」
「ケガをしたこと…嘘をついていること…」
煉「ケガについては言わずもがな、だ。二つ目の嘘、とは?」
(気付いているってさっき言っていたのに!)
月奈は心の中で盛大に叫んだ。分かっていることを言わせようとする杏寿郎をチラリと見れば、誤魔化しは利かないとでも言いたげな光を宿した瞳とぶつかる。
「…道に迷ったのは血鬼術でした。その時に時透様にお会いしました」
煉「なるほど。鬼にやられたか!…いや、違うか?」
シャツ越しに触れられた脇腹にじんわりと杏寿郎の手の温かさを感じて少し恥ずかしくなった月奈は、軽く身を捩って離れる。
「鬼です。鬼にやられました!早く治るように養生しますね!」
煉「嘘を吐くのが下手だと何度言えば分かる」
「…っ痛」
離れたはずが、何故か杏寿郎の膝に抱え込まれている。混乱を余所に腰に回された腕の力に痣がズキリと痛んだ。痛いと声を漏らせば、いつもなら力を緩め謝ってくれる杏寿郎。しかし、その腕が緩むことはなく逃れられない。
煉「鬼ではない、とすると…時透か!」
背後の杏寿郎の表情が読めない上に、耳元で動く唇に言い当てられた月奈は青褪める。つくづく嘘が吐けない人間だと杏寿郎は苦笑を漏らした。
煉「当たりだな」
「あの、時透様に悪気は無い…かと」
(柱同士で不穏な空気になって欲しくない、だけど…時透様を庇うのは複雑だわ!)