第21章 悪夢
「そういえば、時透様にお会いした間が悪く失礼なことをしてしまったのですが大丈夫でしょうか」
煉「失礼?何をしたんだ」
「一般隊士と思い、つい失礼な口の利き方をしてしまいました」
柱といえば隊士の中でも最上位、それを一般隊士と見誤り何様などと言ってしまったのだ。自分は剣士でもない隠の身分だというのに。
(次にお会いする機会があるかは分からないけれど、謝罪は必要よね。文を出そうかしら)
そんなことを考えていた時、杏寿郎から出た言葉は意外なものだった。
煉「時透はもう既に月奈の事すら覚えていないと思うぞ!」
軟膏を塗り終わり、容器を月奈に差し出しながら杏寿郎は苦笑する。どういう意味か分からず首を傾げた月奈はハッと何かに気付き青褪める。
(それって、覚える必要もない程の存在ということ?いや、忘れて貰ったほうが私には都合が良いんだけれど…なんだか自分の存在価値が無いような気分になるわ)
煉「どうやら記憶喪失に併せて、物事を覚えておくのが難しいらしい。時透が柱を拝命した頃の柱合会議でお館様からそういうお話があった」
「記憶喪失…」
月奈の顔色で何を考えていたか察した杏寿郎は「別に君だから覚えていないわけじゃない」と付け加える。だからといって全てを忘れるわけでも無いのだが、それは黙っておく。
ー要は強い興味が有れば覚えていることもあるのだろう。現にお館様のことや鬼殺隊について、柱の人間を忘れることはないようだ。
興味が無いから覚えない、すぐ忘れるから覚える必要も無い。そう考えているのだろう。
煉「もし次に会う機会があったとして時透が月奈の事を覚えていたなら…」
ー興味を持ったということになる。それは俺の心中が穏やかじゃなくなりそうだ。
杏寿郎が呟いた言葉に月奈は表情を曇らせ「忘れているよう祈ります」と言って軟膏を文机の引出しに仕舞った。
その後ろ姿を見つめつつ月奈の言葉に杏寿郎は苦笑してしまう。
杏寿郎の心中に燻る黒い嫉妬心や独占欲に全く気付かず、月奈は真っすぐ素直に言葉を受け取り返してくる。その素直さは愛しいが、もう少し男と言うものを警戒するべきだと呆れてしまったのだ。
ー俺以外に興味が無い、と捉えれば良いのだろうか。それとも皆平等と捉えるべきか…。