第19章 前進と後退
「杏寿郎様、失礼してもよろしいでしょうか?」
着替えを済ませ、借りていた羽織を返しに部屋に入ると眼帯を外し寝る準備を整えた杏寿郎が布団を敷いている。
煉「あぁ、そこに置いておいてくれ!」
指し示された文机の横に羽織を置くと月奈は、杏寿郎の手を見てふと思い出す、清花の腰に添えられていた時の気持ちが何だったのか。
悋気を起こす必要はない
清花はそう言っていたが、悋気というものにピンと来ない。
任務でも杏寿郎が女性に触れている事は多々ある、それを見ても今日のような気持ちになったことは無い。
煉「月奈?どうした、部屋に戻らないのか?」
「杏寿郎様は悋気を起こすことはありますか?」
突然の質問に杏寿郎は一瞬固まる。悋気を起こすなど日常茶飯事だと頭では即答しているが、質問の意図が分からず答えあぐねた杏寿郎は月奈を見つめる。
煉「突然だな、どうしてそんなことを聞く?」
先程の清花とのやり取りを話していいものか月奈は考え、少し迷う。悋気というものは醜い感情なのではないか、恋愛に関して所謂嫉妬と同義の言葉ということは知っている。
(杏寿郎様が悋気を起こしたことがあると言うならまだいいけれど、そうじゃなかったなら…)
「いえ、特に意味は無くて。その、杏寿郎様でもそういう気持ちを抱いたことはあるのかと気になっただけなのです」
月奈は自分が咄嗟に狡い言い方で誤魔化したことに少し罪悪感を持つ。嫌われたくない、清花や杏寿郎を信頼しているはずなのにこんな気持ちを抱くなんて醜い自分を知られたくない。
煉「君から見て俺がどう見えているのか分からないが、俺は聖人君子ではない!月奈に触れるのは俺だけでいいなんて不遜な考えを持つこともある。月奈が無防備だからいつも悋気を起こすばかりだ」
そう言って苦笑した杏寿郎に月奈は今までの自分の行動を振り返り顔が赤くなる。如何に幼かったか、自分が杏寿郎のような立場になって初めて理解したのだ。
(いくら異性としての気持ちが無くても軽率な行動が多すぎる。逆の立場なら…杏寿郎様のように穏やかに見守ってなどいられず行動に出てしまう。清花さんに飛びついたみたいに…)
煉「俺も中々に狭量な男だということだ!失望したか?」