第17章 生家
師「蒼樹を自身の手にかけるなんて考えられなくてね。それほどに恨みがあったかい?」
己の気持ちを抑えられなければ隙が生まれる。幼い頃の鍛錬中に長谷に言われたことを思い出す。
「…鬼になった蒼樹と対峙した時、私の手で首が切られることをあの人は望んでいたような気がしました。そうすれば私の記憶に残り続けるとでも考えていたのでしょう」
だけどそれだけでは蒼樹は何も持たずに死ぬことになる。未練を残されるくらいなら自分の体の一部を渡してでも地獄に落としたいと思った。それが恨みから生まれた物なのか、憐れみから生まれた物なのかは分からない。
「私が死ぬことは許されませんから、血肉の一部を渡すくらい安い物かと」
師「そうかい。蒼樹は鬼になってでも月奈君を…。死ぬことを許されないとは、鬼殺隊には何か決まりがあるのかい?」
煉「俺と約束をしたのです!鬼殺隊にそのような決まりはありません」
「全てを無くして生きる気力もなく、ただ家族の元に行きたがった私がここにいるのはその約束のおかげです」
齢十五にして、目の前で家族を殺されるという絶望とも呼べる惨状を目の当たりにしてこの世に一人取り残されるということが、どれほど辛く悲しいものだったのかは月奈だけが知っている。亡くなった家族の元に行きたいという気持ちは当然だろうと長谷は思う。
杏寿郎と目を合わせ微笑む月奈の心の傷は癒えることは無いとしても、生きる為の約束を守ろうとするくらいには回復したということだろう。
師「そうか、そんな約束をしたのか。それならば私は安心だ。こちらに来ることがあれば、私の家にも寄ってくれ」
「はい、また顔を出します。今日はお話できて良かったです師範」
長谷はまだ現役で鍛錬をしているのだろうか、草履を履いて立ち上がった姿は齢六十過ぎとは思えない程に凛としている。柔らかい微笑みを浮かべ月奈の頭を撫でると、杏寿郎に真面目な視線を向けて来た。
師「月奈君をよろしく頼むよ煉獄君。君もまたこちらに顔を出してくれると嬉しい」
煉「はい!是非またご挨拶に参ります!」
元気に返事をした杏寿郎に、再び微笑むと長谷は帰路についた。玄関で見送った二人は、日が沈む前にここに来たもう一つの目的である藤の木を確認する為、庭へと向かった。