第15章 覚悟の始末方
し「月奈、大丈夫ですか?」
バシャリと手を湯で洗われるのをぼんやりと見つめる月奈に、しのぶは先程呼んだ名前を聞いて良いものか悩む。月奈が見知った鬼の首を切ったと、天元達が話していた。その鬼の人間だった頃の名前だろうか。
「…しのぶさん、元は人間だった鬼を殺したらそれは人殺しなのでしょうか」
し「いいえ、それは人殺しではありません。鬼殺です。それに鬼は全て元人間です、月奈が切った鬼が元人間だったという話ではありません。その鬼は知り合い、だったのでしょうか?」
「鬼殺…。鬼は、蒼樹は家に出入りしていた植木屋の息子でした、幼い頃はとても仲良くしてくれたんです。稀血のせいで満足に外出できない私の遊び相手になってくれる優しいお兄さんでした」
植木屋、としのぶが呟く。それは先程「月奈の家族を自己都合で殺した人物」と聞いている。しかし月奈は熱のせいかぼんやりとした表情のままだ。とてもそういう人物だったようには聞こえない。
「きっとあの人を変えてしまったのは私なんです。好いた相手から拒絶されることがどれほど辛かったのか、今の私なら容易に想像できるんです。名前を呼んで欲しい、死んでも忘れないで欲しい、できるならばその手で殺して欲しい。蒼樹の立場になった時、私もそれを望んでしまうだろうって」
(どれほど憎いことがあっても、昔の蒼樹を忘れられなかった。優しいあの人を狂わせて鬼にしたのは自分だ)
「私が拒絶しなければ、家族を殺されず蒼樹を殺すこともなかったのかと思うと…」
し「そうですね、でもその事があったから私達は出会ってこうしているのです。過去を悔やんでも何も戻りません。自分の気持ちを抑えて、蒼樹という男性を受け入れたとして本当に幸せと言えたのでしょうか?」
煉獄さんにも出会わなかったでしょう。と言われ月奈は静かに俯く。全てを失わなければ出会わなかった杏寿郎と、受け入れていたならば全てを失わずにいられた蒼樹。どちらが正しいか、どちらが幸せだったのか考えても答えが出ない。
「記憶が残っていることがこんなに辛いことだとは思いませんでした。首を切った感触も蒼樹の最期も、二度と忘れることは出来ません…」