第12章 失ったもの
し「約束、ですか?」
柱と何の関係が?と首を傾げるしのぶには何も言わず、ただ月奈が出て行った扉を見つめて溜息をついた杏寿郎はズキズキと痛む腹の傷を擦る。
し「お二人の約束の内容は存じませんが、約束を違えようとしたのならば煉獄さんが謝らない限り月奈の怒りは収まらないのではないでしょうか」
兎にも角にも回復しなければ杏寿郎は絶対安静のままだ、手に持った膳を杏寿郎に渡してしのぶは病室を後にした。
し「早く回復してください。これも柱の責務ですよ煉獄さん」
扉から顔を覗かせて微笑んだしのぶは、それだけを言い残し扉を閉めて去って行った。
し「月奈、部屋まで一緒に行きましょう」
「しのぶさん…」
廊下の途中で息を吐いている月奈を見つけ、しのぶは優しく声を掛けると背中を擦ってやる。眦が少し赤い、先ほど少し泣いていたからだろう。
し「月奈もしっかり回復してくださいね。煉獄さんが目覚めたので今日の夕飯くらいはしっかり食べてくれるかと期待していたのですが…喧嘩したようですね」
昏睡状態の杏寿郎が気になって食事をまともに取れていなかった月奈を心配していたしのぶ。目覚めた杏寿郎に会えば元気になるかと思ったが、何故か喧嘩に発展していて驚いた。
ーどうしてこう、ややこしい拗れ方をするのでしょうかこの二人は。
「杏寿郎様は何か言ってましたか」
し「柱としての行動を全うしようとして月奈との約束を違えかけたこと、くらいは呟いていましたが、それ以上は黙ってしまわれました」
病室に入ると床頭台に膳が置かれている。
いつもアオイ達が栄養を考えて作ってくれていると分かっているが、どうしても食欲が沸かない。
し「食欲が沸かないのなら御粥にでもしましょうか、そろそろ食事をしっかり摂って貰わないと薬だけでは治療できませんからね」
御粥なら消化にも良い、しばらくまともな食事をしていなかった胃に固形物は重いだろう。そう考えると、しのぶは膳を持って部屋を出て行った。
(怒るつもりじゃなかった。命を捨てる覚悟をしていた私が杏寿郎様を責められる立場ではないことは分かっている。私がそういう行動をした時は杏寿郎様はきっと同じ気持ちだったのよね)
「明日謝ろう…怒鳴りつけるなんて酷い事をしてしまったわ」