第12章 失ったもの
「誰かがもっと早く助太刀に入っていたら杏寿郎様もこんな重症にならずに帰還出来たはずです。雅雄様に聞いた話だと、待機命令を出されていたから動けなかったようですが、一緒に戦っていたなら結果は違ったかもしれないのですよ」
煉「竈門少年は腹部の傷が開いたら致命傷になるものだった。朝霧少年は命令に逆らうことに迷いがあったようだな。俺は柱としての責務を全うするために後輩を犠牲にするつもりはないからこそ、待機命令を解かなかった」
(自分よりも他者を優先する。それは私も同じ。だけど…)
「杏寿郎様は柱です。限られた人数の柱と、数多い隊士を考えれば…」
煉「どちらを守るのが優先か、と?人間の命に優劣をつけるのか月奈」
ははっと笑った杏寿郎は、次の瞬間には真っすぐな目で月奈を見つめた。
煉「馬鹿なことを言うな。柱とともに隊士がいるから鬼殺隊が成り立っているんだ、もちろん隠も無くてはならないもの。そのどれもが鬼殺隊にとって等しく大切なのだ」
「…等しく大切、それなのに後輩を守る為に自分は犠牲になってもいいと?私が同じように行動したならば杏寿郎様は怒るのでしょう?雅雄様が間に入らなければ杏寿郎様がどうなっていたか、分からないわけではないでしょう!」
椅子から立ち上がった月奈は拳を握り目に涙を浮かべていた。
(もしかしたら最後の一撃の時、杏寿郎様は死を覚悟していたのかもしれない)
「お互いを帰る場所と約束したにも関わらず、私に帰るという約束を杏寿郎様はいとも簡単に違えようとしたということですね。その程度の約束だったと」
月奈の呟きに、杏寿郎は何を言うか迷い一度開いた口を閉じた。静かになった部屋にコンコン、と扉が叩かれる音が響き入口にはしのぶがお膳を持って立っていた。
し「夕食を持ってきましたが、月奈も煉獄さんと一緒に食べられますか?」
「…自分の部屋で食べます」
煉「月奈!…っ」
踵を返して壁を伝い部屋を出て行く姿に杏寿郎は起き上がろうとしたが、腹部を押さえて呻いた。
し「絶対安静ですよ煉獄さん。…月奈は随分怒っているようでしたが、何を言ったのですか」
煉「…俺は柱として当然の行動を取ったのだが、その結果危うく月奈との約束を違えるところだった」