第12章 失ったもの
煉「手負いで帰還してしまい父上と千寿郎には本当に心配をかけてしまい不甲斐ない!帰還の際には既に失神していたので、運んでくれた隊士にも迷惑をかけました」
鬼が逃げた後に失神し、そのまま今日まで昏睡状態となっていたのだ。任務に駆り出されていた剣士達も負傷をしており、自力で蝶屋敷に帰還出来ない人物に関しては隠がおぶって運ぶのが常だ。
「隠の仕事は事後処理ですから当然のことですよ、迷惑なんて考えません。剣士のおかげで列車の乗客誰一人として犠牲にならずに終わりました、杏寿郎様の的確な指示の賜物です」
煉「犠牲にはならなかったが、怪我人は多数出ただろう。さすがに列車の横転は防ぐことは出来なかったからな」
それは無理だろう、と杏寿郎以外の三人が心の中で突っ込む。包帯を巻かれた月奈の顔に視線を向けた杏寿郎に気付き月奈は苦笑する。
「私のケガはどれも経過良好と先ほどしのぶさんが診てくださいました。杏寿郎様のほうが重症なんです、私の心配は必要ありませんので、ゆっくり養生してくださいね」
槇「千寿郎、そろそろ俺達は帰るか。日が傾き始めてきた」
千「本当ですね。暗くなる前に帰りましょう」
お見送りをしようと月奈が椅子から立ち上がると、千寿郎にやんわりと断られてしまった。手を引いて貰わなければ歩きづらいのだ、見送った後部屋に戻れなくなることに気付き項垂れる。
「お見送り出来ず申し訳ありません。気を付けてお帰りください」
槇「二人ともしっかり養生するようにな。無理すると退院が伸びるぞ」
千「またお見舞いに来ますね!」
二人が部屋を出て行くと、杏寿郎が息をつく。やはりまだ体が辛いのだろう、目を閉じてベッドに体を沈めた。月奈は再び椅子に腰かけると静かに声をかける。
「杏寿郎様の左目はもう見えないのですか…」
煉「胡蝶の診察に間違いが無ければ、そういうことだな!…どうして君がそんな顔をするんだ」
苦笑いを含んだ声に月奈は俯く。綺麗な瞳だった、その瞳がとても好きだったのだ。それを失ってしまったことがとても悲しい。
(杏寿郎様本人が一番辛いのに、私が悲しんでしまったら杏寿郎様は気持ちを吐露出来ない)
煉「俺の目一つで二百余りの乗客が死ななかったと思えば価値があるだろう。そうは思わないか?」