第1章 始まりの夜
ひゅーひゅーと鳴る喉を抑え必死に走っていた。
青白い月に照らされた道を走る少女。
(どうしてこんなことになったの?)
(どこに行けばいいの?)
早鐘を打つように動く心臓、止まない耳鳴り。
体から噴き出す汗は纏っている着物を濡らし、重さを増している。
「そろそろ飽きてきたなぁ~。俺はお腹が減ってるからあんまり動きたくないんだよ~」
そう言って後ろからゆっくりと歩いてくるのは、自分よりも遥かに大きい背丈の鬼。
月に照らされるだけの夜道で、ニンマリと細められた赤い目は不気味でありながら妖艶な光を放っている。
少女の齢は15歳。長い髪を振り乱し走り続けているが、鬼との距離は縮まっていくばかり。
どんどん視野が狭くなっていく、酸素が脳にまで回っていないのか…呼吸が辛い、喉が痛い、耳鳴りが酷い…
先ほどから膝はがくがくと震え限界を知らせているが、止まることはすなわち、死だ。
「…ぜぃ…ぜぃ…ぅぐっ!!」
呻いた自分の口に土の味が広がる。
「あれ~、鬼ごっこはこれで終わり~?転んじゃって痛かったね~?」
鬼の言葉で自分が転んだことに気付いた。起き上がろうと手を地面につくが力が入らない。
「…っ!!?」
妙な感触を覚え、少女は足を見る。
転んだ際についたのだろう、膝をすりむき出血していた。
「俺のごはんが減っちゃうじゃないか~、もったいないなぁ」
「痛い!やめて!離して!!」
あろうことか、鬼はその膝の血を長い舌で舐めとって笑った。