第10章 潜入 *
煉「俺じゃなくて…っと、危ない」
突然腕を引かれたため、前のめりによろけた杏寿郎は月奈にぶつかる前に手をついて体を立て直す。倒れないのはさすがですね。と月奈が笑う。
煉「…分かった、俺も布団に入るから月奈も早く休め。体が冷えるぞ」
ふぅ、と溜息をついた杏寿郎は諦めて布団に入ってくるのを見ながら、月奈は満足気に微笑む。
ーこれ以上押し問答をしても月奈は折れないだろう。
「冷えたら温めてくださるのでしょう、杏寿郎様が隣にいるだけで暖かいから大丈夫ですよ」
寝転んだ杏寿郎に布団をかけようとした月奈は、片手を繋いだままなので行動し辛そうだ。その姿に気付いて杏寿郎は「あぁ、すまん」と手を離す。
一瞬だけ寂しそうな表情を見せた月奈だったが、自分も横になると目を閉じた。
煉「月奈、今日の事で君の今までの行動に合点がいった。それを知らなかったとはいえ、軽々しく君に触れたこと申し訳ないと思っている…嫌な事も思い出させてしまったようだったしな」
静かな杏寿郎の声が物音ひとつしない部屋に響く。
月奈はゆっくりと目を開き天井を見つめると、何も言わずに杏寿郎の声に耳を傾ける。
煉「あの男を見て、月奈にとっては俺も同じなんじゃないかと恐くなった」
「…つまり、私は流されやすい女だと?流されて杏寿郎様を受け入れていた、と言いたいのでしょうか」
(一度だって杏寿郎様を拒んだことは無い。それは、杏寿郎様だから受け入れていたのであって、誰でも良かったわけじゃないけれど)
煉「いや、そういう事じゃない!俺の言い方が悪かった」
ガバッと起き上がり焦った表情をしている杏寿郎を月奈は視線だけを動かして見つめる。
「では、慰める為だけの行為だったのに、思いのほか深い傷に触れたと後悔しているのでしょうか」
起き上がった月奈の顔は悲しんでいるような怒っているような、全てが合わさった微笑みを浮かべていた。
それも違う!と首を横に振って杏寿郎は否定する。
「快楽と支配だけを求めていたのなら、あの男と一緒ですが。…本当に同じでしょうか?杏寿郎様?」