第10章 潜入 *
布団をかけ直してやる杏寿郎の手を弱く掴む月奈の手は指先が冷えていた。包んでやるように握り返すと月奈の瞼がゆっくりと降りていく。
寝息を立て始めた月奈を見つめる杏寿郎は、自分を大切にしない月奈の行動の理由が今日の一件で分かったような気がした。
ーどれほど自分が傷ついても、悲しむ人間はいないと思っている。嫁ぐ意思が無いことも背中の傷のことだけが理由かと思っていたが、諸々全てがあの男のせい。と考えるのが妥当か。
煉「ふざけたことを…」
薄暗い部屋の中で吐き捨てるように呟かれた言葉は、誰が聞くこともなくただ空気に溶けていった。
「うぅん…」
小さく声を漏らして目を開いた月奈は、視線の先で繋がれたままの手に気付く。
(ずっと握ってくださったんだ…)
胡坐に頬杖をかいて目を閉じている杏寿郎の表情は随分と厳しい顔つきをしている。穏やかな表情ではないことに月奈は不安になり体を起こすと、杏寿郎の深く刻まれた眉根の皺に触れる。
煉「…ん……起きたのか?具合はどうだ?」
触れた瞬間に目をゆっくりと開いた杏寿郎は、少し穏やかな表情に戻っている。
「良くなりました。ありがとうございます。ずっと手を握って下さったのですね、おかげで悪い夢を見ずに済みました」
微笑んで手に少し力を込めると、温かく握り返され月奈は少し嬉しくなる。
(まだ繋いでいてもいいのかしら…)
煉「まだ夜が明けるまで少しありそうだな。もう少し休むといい」
「ならば、杏寿郎様も布団に入ってお休みください。その体勢では体を痛めてしまいます、次の任務も控えているのですから」
まぁ、占領していた私のせいですが。と苦笑して布団を捲ると、自分の隣をどうぞと手で指し示す。窓の外を見て時間を確認していた杏寿郎は「いや、俺は大丈夫だ」と振り返る。
「そう言うと思いました!でもダメですよ、休める時に休んでください」
振り返った杏寿郎に顔を近づけて、一息に言葉を話した月奈は苦笑する。お見通しなんですよ、と呟いて布団へ引き込むように繋いだ手を引いた。