第10章 潜入 *
確かに、考えてみれば数日お客として見世に上がった人間が、入ったばかりの遊女を身請けするなどありえない話だろう。〔振袖新造〕ならばまだしも〔留袖新造〕など、価値としてはかなり変わってくる。
楼「…以前からの顔見知りかい?」
煙を吐きながら尋ねる楼主に、杏寿郎と月奈は視線を合わせてから頷く。
煉「詳細はお伝え出来ませんが、あの男が現れた以上藤葉をここに置いておくわけにはいきません。受け入れて頂いた際の金銭も全てお返し致します」
楼「そうかい。買った時の金額を返すなら身請け金は積まなくてもいい。ただこちらも商売だからね、旦那が見世に上がった分はそのまま貰おう」
内「藤葉。本当に大丈夫なんだね?」
数日だけ世話になった訳ありの自分を心配してくれる内儀に、月奈はしっかりと頷く。
「内儀さん、ありがとうございます。旦那様が私を守ってくださるので大丈夫です」
煉「うむ、心配は無用だ!」
二人が穏やかな笑みで答える姿を見て、楼主は再び煙を吐く。
楼「送り出す事はしないよ、どうやら周囲から怪しまれるような行動は避けたいようだからね。これほどの短期間で身請けはあまり無い話だ、特にあの男性は厄介そうだからね。気付かれる前に逃げた方がいいのだろう?」
煉「…さすがは楼主さんだ。全て分かっておられたのか?」
さてね、と微笑んでキセルから灰を落とした。
その後、金銭面や見世を出る時期を話して楼主の部屋を後にした二人。どこまで楼主が気付いていたのか分からないが、さすがは大店の楼主だ、よく頭が回る。
「明日の昼、皆が眠っている頃に見世を出るなら清花さんに朝のうちに挨拶しておかないと…」
煉「あの男のおかげで話が早かったな、不本意ではあるが」
部屋の襖を開くと、部屋には天元だけが座っている。植木屋の姿は無くなっていた。
「…あの男はどこに?」
宇「おぉ、無事に話は終わったか?あいつは外に放り出したぞ。清花の指示でな」
煉「む?既に何か手を打ったのか?早いな」
(確かに、何の考えもなく放り出せばまたここに戻ってくる。でも、何をしたのかしら…)
天元は内容を聞いているのか、楽しそうに笑っている。
しかし、こちらに教える気はないのか話題を変えてきた。
宇「で、いつ見世を出ることになった?まさか今からじゃないよな?」