第10章 潜入 *
煉「いつみても素足は寒そうだな」
苦笑した杏寿郎がしゃがみ込んで目線を合わせてくる。
賑やかな出入り口が見えなくなり、視界は杏寿郎だけになった。
「もう慣れちゃいました。まだ真冬じゃないですから大丈夫ですよ、遊女って大変なんですね」
煉「その冷えを温めるのがお客だ、遊女の一挙手一投足が男を操っている。その装いすら遊女の商売道具なんだろう」
「なるほど。温めてあげたいと思うのですね!……あ、あはは」
先日杏寿郎に足を触れられたことを思い出した月奈は、赤くなった顔を隠すように俯く。今の自分の行動すら、お客にとっては誘うような行動なのだと気付き益々恥ずかしくなる。
煉「そういうことだな!…どうした?」
「自分がとても恥ずかしい行動をしていることに気付いたのです。放っておいてください…」
(しかも見世の出入り口で…なんということ…)
煉「確かに、誰かの相方でありながらそういう行動はいけないな。いい勉強になったな!」
「別にもう使うこともない知識ですよぉ…学んだって仕方ないじゃないですか」
溜息をついて顔を上げると、口に手を当てて笑っている杏寿郎がいる。憎らし気に睨むと杏寿郎が手を取って立ち上がらせてくれる。
煉「迂闊に他の男を誘うな、俺の相方の間は許さん」
耳元で囁かれた月奈は飛びのく勢いで後ろに下がった。その顔は真っ赤になっている。
「さ!さそ…!!?そんなことしていません!」
清「…藤葉ちゃん、旦那様。私の話は終わりましたので座敷に戻ります。中で楼主と内儀さんがお待ちですよ」
部屋の襖が開き清花が顔を覗かせる。顔を真っ赤にした月奈を見て、杏寿郎に「あまり虐めては嫌われますよ?」と苦笑した清花は着物の裾を引きながら廊下を歩き去っていった。
内「あの男性とは片が付いたのかい?随分藤葉にご執心のようだったけれど」
「その件で、ときと屋にご迷惑をおかけすることは避けたいと考えまして…」
煉「藤葉を身請けという形で早急にここを去らせて欲しい。勿論ときと屋に迷惑をかけないように金銭の面でも十分なものを払うつもりだ」
内「でも、旦那はそれでいいのですか?客として日も浅いのに…」