第10章 潜入 *
崩れ落ちる男の姿を月奈は、ただ静かに見つめていた。
その目には怒りだけが強く滲んでいる。
「杏寿郎様、どうしてこの人を私の前に連れてきたのですか?」
煉「全てを聞き出そうと思ってな。楼主の前で鬼の話は出来ん」
「聞かなくてもいい、もう分かったのですから。全ての元凶はこの人だった、それだけです」
宇「本当にそうか?普通の人間ならそれで終わりだが、月奈は稀血だぞ。鬼が絡んでいるとは考えないのか?」
それは…と言い淀む月奈の瞳が揺らぐ。
清「藤葉ちゃん」
廊下から清花の声がして、月奈は顔を上げる。
清「内儀さんから、藤葉ちゃんの様子を見てくるように言われたのだけれど、大丈夫?」
月奈は「少し待って」と声をかけてから、杏寿郎に向き直る。
「楼主と内儀さんには何と説明したのですか?この人を連れて来る理由は何と?」
煉「家族を亡くした藤葉の仇だと。この男が生家に出入りしていた植木屋ということは月奈から話してあったからそれを使った。…説明しなくとも、ベラベラとこの男が話したから、お二人も察したようだ」
「鬼殺隊のことは?」
首を横に振った杏寿郎を見て、月奈は襖を開いて清花を部屋の中へと招き入れる。
頭を下げてから入室した清花は、杏寿郎ともう一人の男を見ても表情を変えることはない。おそらく内儀から少し話を聞いたのだろう。
「旦那様、こちらは私と仲良くしてくれている清花さんです」
清「内儀さんからの言いつけとはいえお邪魔しまして申し訳ありません」
ゆっくりと頭を下げて無礼を詫びる清花に杏寿郎は短く「構わん」と答える。
煉「…どこまでの説明を受けた?」
清「一通り受けております。そこで気絶している男性が藤葉ちゃんの仇でしょうか」
杏寿郎の目に見つめられていても清花は涼しい顔で、植木屋を指差した。その言動に杏寿郎は勿論月奈も驚く。
(この状況でも、肝が据わっている…すごい)
煉「…どこまで話すかは月奈が決めるといい。清花とやら、聞いたら誰にも話さず墓場まで持っていくと約束して貰う。それが出来ないと思うなら聞かずに、今この状況も全て忘れろ」
(私の名前を呼んだ…本当に私に委ねてくれたのね。清花さんまで巻き込みたくはないけど…)