第10章 潜入 *
「その…爪を刺された際に叫び声を上げられないように…口を塞がれました」
顔を背けて机の上に置かれた水差しから少し口に含む。
確かに血の味がする。何を口に捻じ込まれたか判断する前に噛み切ったが、後から吐き出したものは舌だった。噛み切った感触を思い出し眉を寄せてちり紙に水とともに血を吐き出す。
煉「…口を…舌を…」
ビキリと額に血管が浮いた杏寿郎は、怒気を纏いながら呟いた。
煉「やはり月奈をこの任務につけたのは間違いだった、今すぐ戻らせる」
「杏寿郎様…私は戻りませんよ。こんな思いを他の隊士にさせるわけには…」
煉「だからといって君がそんな思いをして良い訳ないだろう!」
自分の身を案じて怒っている杏寿郎に月奈は首を振って笑った。元々、嫁ぐ予定など無い身、これ以上傷ついたとて誰も困らないのだ。
あぁ、血が止まりましたね。と止血用の布を解いて水で傷口を拭うとそれ程酷い傷ではないことにホッとする月奈の耳に触れた杏寿郎は囁く。
煉「自分を大事にできない月奈にも腹が立つが、鬼に先を越された俺にも腹が立つ」
顔を上げると、杏寿郎の顔が間近に迫っていることに気付きいた。
「ん…っ」
何か言おうと口を開こうとしたが、声を出すより先に杏寿郎の唇に優しく触れられる。口を開け、と唇を舌でなぞられるが月奈は先ほどの鬼の感触を思い出し口を開くこと迷う。
煉「…月奈…俺を受け入れてくれ」
切実な響きを帯びた杏寿郎の声が耳に届くと、月奈はゆっくりと唇を震わせながら開いた。
「杏寿郎…様…」
ぬるりと温かい杏寿郎の舌が薄く開いた唇を割って入り込んでくる感覚に、身を震わせながらも受け入れていく。その感覚は先ほどの鬼とは比べ物にならないほどに優しいものだった。
「ん、ぅ…っはぁ…」
咥内を動き回る杏寿郎の舌に翻弄されながらも、たどたどしく舌を絡ませてくる月奈に杏寿郎は理性を飛ばしそうになる。
煉「…はっ…月奈…大丈夫か」
酸素を求めるように唇を離すと、熱に浮かされたような目をした月奈が頷く。
月奈の口の端から垂れていくどちらともわからない唾液が艶めかしく光るさまに、戻りつつあった理性がまたどこかへと飛びそうになる。