第10章 潜入 *
(困っていると言いながら、笑顔なのが気味悪い…)
男「君は〔留袖新造〕だね。…客は取っているのかい?」
下世話な話に眉根を寄せた月奈は男に向き直り、ハッキリとした声で言い返す。
「…部屋で私の旦那様が待っていますので早く戻りたいのです。私では役不足ですので、若い衆を呼びましょう」
若い衆を呼ぼうと息を吸った月奈は、一瞬で近くの部屋へと引き込まれていった。
男「せっかく君と遊ぼうと思ったのに人を呼んでは面白くない。…それに、君は稀血なんだね」
首を掴み壁に体を押し付けられた月奈は、逃げようともがいていたが、ピタリと動きが止まる。
(稀血!?)
「…っうあ!」
右足に痛みが走り、視線をやると男の爪が刺さっている。
普通の男の爪ではない、鬼のような爪だ。
男「その痛みにゆがむ顔、いい顔だね」
「あんたの趣味なんか知らないわ…っ!!?」
グリっと刺さっている爪が回転し、内部の肉がえぐられる感覚に思わずあげる叫び声は男の口の中で消える。
「…んん!!…っぁ!」
口内に侵入してきたぬるりとした感覚に、嫌悪感を覚え手甲鈎をつけた手でこめかみを殴りつける。倒れこんだ鬼を横目に月奈は部屋を飛び出し、杏寿郎達のいる部屋に飛び込んだ。
男「よくも俺の舌を噛みちぎりやがって!」
倒れこんだ月奈に襲い掛かる鬼は周りを見ていない。
ー炎の呼吸 弐ノ型 昇り炎天!
下から上に振り上げた赤い刀は、炎を纏ったまま鬼の首を飛ばした。崩壊が始まった鬼を見下ろした杏寿郎は納刀すると、月奈を助け起こした。
煉「足をやられたか。すまん、他の場所でも鬼の気配があったから気付くのに遅れた」
「これくらい平気です。騒ぎになると厄介ですが…廊下は静かですね。良かった」
爪を刺された右太腿はそれほど多くない出血なので、手近な布でキツク縛り止血する。
煉「…口もケガしたのか?血が…」
杏寿郎の指が月奈の口の端に触れ、血を拭う。
「鬼の舌を噛み切りましたので、その時の血だと…すみません」
煉「舌を…?何故そんなことに…」
ともかく月奈の血ではないことに一安心した杏寿郎だったが、舌を噛み切る状況が思いつかず眉根を寄せる。