第10章 潜入 *
煉「よりにもよってこの任務につくとは…、俺が少しでも見つけることが遅かったら、今頃他の男とこうしていたかもしれんな?」
「まさか!女衒役の天元様から見世を聞いているでしょうし、何より杏寿郎様はきっと見つけてくださると分かっていました」
月奈が微笑むと、杏寿郎の腕が腰に回ってくる。
膝から胸まで布団を引き上げて、すっぽりと杏寿郎に包まれた月奈は満足気に背中を預ける。
ー行動も考えも本当に甘い…よく今まで無事にいられたな…
暖かさに気が緩んだのか、杏寿郎は眠りに落ちて行った。
肩に杏寿郎の頭の重みを感じた月奈は腕を布団から出すと天元の鴉に目を向ける。視線で理解したのか、額当てをつけた鴉が腕に止まった。
「賢い鴉さん。杏寿郎様は少しだけ仮眠をします、と天元様に伝えてくださいますか?」
小さく囁いた月奈に応えるように、小さく一鳴きした鴉は窓から飛び立っていった。
杏寿郎の寝息に混じって、周囲の部屋からの音が聞こえる。
楽しく話している姉女郎達の声、忙しなく廊下を行き来する足音、琴や三味線の音、そして閨事の声。
(閨事については漠然としか知らないのよね。遊郭はそういうことをお金でやり取りする場所。そして遊郭内で私の年齢であれば〔振袖新造〕でない限り客を取ると内儀さんが言っていた。杏寿郎様より先に私を買った人がいたら…)
「本当に知らない人とこういう状況になっていたのね。しのぶさん達の心配はそういうことだったのね」
そういえば、天元が楼主に〔水揚げ〕について話していたことを思い出す。聞いたことのない言葉だったので、月奈は首を傾げるばかりだったが、お金が絡む話ということだけはわかった。
今夜中に黒い眼帯の男が現れたなら、〔水揚げ〕はせずに女を渡して欲しい。勿論特殊なことをしてもらう分の金は払う、と。
「水揚げってそんなに大事なことなのかしら?」
膝を抱えて呟くと、腰に回されている腕に力がこもった気がした。肩にもたれる杏寿郎の顔は髪の毛で隠れていて分からないが、まだ寝息を立てているようだ。
「起きたかと思った…気のせい?…わぁ、天井ってこんなに綺麗なのね」
上を向いた月奈は綺麗な華があしらわれた天井が視界に入り、つい声を上げた。遊郭の華やかさは天井にまで現れていた。