第10章 潜入 *
内「ようこそ旦那様。この子がご指名を頂きました藤葉でございます。どうぞ可愛がってやってください」
「よろしくお願い致します旦那様。藤葉でございます」
聞き覚えのある声に杏寿郎はピクリと眉を動かす。下げていた頭を上げた藤葉は、その声通り月奈だ。
煉「なるほど、いい娘だ」
平静を装って笑った杏寿郎に、内儀は「恐縮で御座います」と答えると若い衆を呼び部屋への案内を促す。若い衆が声をかけると月奈もとい藤葉は立ち上がり、杏寿郎の手を取って部屋へと昇って行った。
部屋の入口で頭を下げて若い衆が去っていく。居なくなったことを確認し二人はようやく肩の力を抜いた。窓を少し開けて外を見ると、二羽の鴉が格子に止まる。一羽は派手な額当てをつけているので、天元の鴉だと分かった。
煉「さて、藤葉。お前をここに送り込んだのは宇髄で間違いないか?」
いつ見ても、杏寿郎の目は圧が凄い。特に、今回は怒っているので更に凄みが増している。
(うわぁぁ…滅茶苦茶怒ってる)
引き攣った笑顔のままで頷く月奈は「でも!」と反論する。
「お館様からの許可は下りていますし、年齢的にも私が適任だと…皆…思って…」
煉「皆?…そうか、宇髄以外にも協力者がいるようだな」
くしゃりと髪をかき上げて長い溜息をつく杏寿郎の顔には疲れが滲んでいる。連日潜入していたなら、当然だろう。
「杏寿郎様と一緒の任務なら、初任務でも大丈夫だろうって言って送り出してくれました」
立ち上がった月奈は掛け布団を手に戻ってくると杏寿郎の肩にかけてやる。ここに来てから鬼の気配はまだ感じていない、外で天元も任務についているのだから少し休むくらい良いだろうと月奈は思う。
煉「…こちらへおいで」
着物の裾から覗く素足が寒そうだ、と苦笑した杏寿郎が布団を広げて手招きする。月奈は少し戸惑ったが、少しでも休んでくれるのならばと杏寿郎の胡坐に座る。
遊女の着物は、通常の着物と違っておはしょりを作らずに帯を前で結び、裾は広がる形になっている。
座った際に裾は広がり、足が露わになった月奈は裾を慌てて直すと、杏寿郎に布団を膝に被せられた。