第9章 穏やかな時間
「いつも鬼に襲われるところで終わる夢を見ていたのです。そこから先を夢で見ることはありませんでした」
ポツリと呟くと杏寿郎の手がピクリと反応する。
月奈はそのまま話を続けていく。
「あの時意識を失う前に、冨岡様の羽織りを見ました」
煉「だから冨岡を見た時に記憶が戻ったのか」
おそらく、と月奈は頷く。
「しかし宙に放り出された私を抱き留めた方、瞼を下ろしてくれた方は見えておりませんでした。ずっとその方に御礼を伝えられず、少し気にかかっていました」
だけどようやく分かりました。
そう言うと、月奈は杏寿郎の手を握って視線を向ける。
「抱き留めてくれた腕の強さ、瞼にかざした大きな手、杏寿郎様だったのですね」
煉「…どうして俺だと思う?」
「この手が杏寿郎様のものだから、触れたら分かるのです」
抱きしめられた時の体の熱ですら感覚として残っている。
自分の物にはならないだろうこの男の感覚が自分に刻み込まれてしまったことが少し悔しい。
煉「触れたら分かると、それはすごいな」
「分かる程に私を幾度となく救ってくれているのです。これからは守られるばかりではないように精進します」
私たちはいつ死ぬか分からないのですから。
いつかしのぶが言っていた言葉が思い起こされる。そうだ、柱である自分は勿論だが、隠となる月奈も危険な任務に同行することになる。
煉「あぁ、是非精進してくれ。でもあまり強くなり過ぎても困る。たまには俺に守らせてくれ」
苦笑する杏寿郎に、月奈は落ち着いてきた心拍が跳ねる。熱が上がったのではないかと心配になる程に顔が熱くなる。
「では、杏寿郎様を守れる程に強くなることを目標と致しましょうか」
揶揄うように微笑む月奈に、それは困るな。と眉を下げて微笑み返す杏寿郎。
煉「…長く起こしてしまったな。ゆっくり休んでくれ」
「私こそ引き留めてしまいましたね。なんだか離れがたくて…申し訳ありません」
握った手を離そうと力を抜くと、杏寿郎の手に握りしめられる。気にするな、と頭を撫でられゆっくりと眠りに誘われていく。
煉「…お休み月奈」
よい夢を見られるように、そう呟くと頭を撫でていた手が瞼を覆った。温かなその手は、熱で荒い呼吸を忘れさせるほどの安心を月奈に与えた。