第9章 穏やかな時間
体を起こして水を口にした月奈は、一息つくとゆっくりと夢の話を杏寿郎に伝えた。月哉が持っていた液体が藤の腐敗を早めたと予想できること、街で何者から貰ったのか分からないものであること、いつもと違う夢の内容だったこと。
煉「それで、生家に行きたいと…?」
「確認をしたいのです、あの液体が何だったのか。…私のためと受け取った物がこんな事態を招くなんて月哉も思っていなかったでしょう。薬品一つ分かった所で命が戻るわけではありませんが、せめて一つでも悔いの無いようにしてやりたいのです」
姉として、弟のために。
その言葉を聞いて杏寿郎は、月奈の傍らで眠る千寿郎を見る。
ー俺も千寿郎が自分の為に起こした行動で死んだなら、同じことを思うのだろうか。
煉「そうか。近いうちに行くことが出来るか考えてみよう。本当に大丈夫なのか?」
「…今の私なら大丈夫と、月哉が見せてくれた記憶だと思います。姉として頼れる所を見せておかないと。そうとなれば早く風邪を治さないとですね」
力無くふにゃりと笑った月奈は、横になり布団を被る。額に濡れ手拭いをのせてくれた杏寿郎の手を見て、そういえばと月奈が呟く。
煉「なんだ?…先ほどやり過ぎたのを怒っているのか?」
「はい?…あぁ、それは千寿郎さんにしっかり叱られたのでしょう、それで私は許しましょう」
正座して粛々と千寿郎に怒られたのだろうか。想像して苦笑してしまう、兄として不甲斐ないと思ったのではないだろうか。
煉「だが、俺を見たら体調が悪くなったと月奈は寝込む前に言っていた」
そんなことを言った覚えが無い月奈は、寝込む前の記憶を思い出す。というか、そもそも思っていない事を言う筈はないだろう、杏寿郎を見たくないと言うほど怒っていたわけでもない。
「…そんなこと言っていませんよ。でも熱が出たのは杏寿郎様のせいかもしれませんね」
煉「よもや!やはり怒っているのか…」
意味を取り違えてしょんぼりとする杏寿郎を見て、月奈はもっと困らせたいと思ってしまう。
「では、私が眠るまで傍にいてください。それで許しましょう」
ニコリと微笑んで手を杏寿郎に向けて差し出すと、杏寿郎は頷いて手を取る。噛まないでくださいね、と念を押すと一度顔を上げた杏寿郎は更に項垂れてしまった。