第9章 穏やかな時間
月奈は夢の中で、あの夜を回顧していた。
全てを失った夜、鬼に襲われ鬼殺隊と出会った夜だ。
(あぁ、あの日藤の花があったなら…こんなことには…)
どれだけ悔やんでも戻れない過去を回顧することは、ただただ苦しいだけ。だから自分で記憶を隠した。
映し出される記憶は幸せだった時から始まり、襲われた夜で目覚める、何度も見てきた夢。
月「姉上!今日もお庭を見ているのですか?」
藤の花を見ることが日課になっていた月奈の隣に座り無邪気に微笑むのは弟の月哉だった。
(私が藤の花に守られていると知って、一緒に藤の花を大切にしてくれていた)
瞬きをすると、月哉と自分が庭の藤の花の根本で話をしている場面に切り替わった。
月奈はその時、月哉が何かを持っていたことを思い出した。
月「先日、街に行った時に同じ宿に泊まっていた人からもらったものですが…」
そう言って月哉が差し出した白い布に包まれた「ソレ」は、瓶に詰められた液体状の物だった。詳しい説明は無いまま受け取ったと。
人からタダで物を貰ってはいけないでしょうと叱るが、月哉は「ソレ」をどう使うのか笑顔で話している。
(そうだ。確か…藤の花のコブに塗るって…)
月「藤の花が今以上に元気になって、姉上を守ってくれるはずです!」
二人はそれを笑顔でコブに塗って回っている。
その時、既に藤の花にはコブができていた。
こぶ病にかかった藤は空洞化が進んでいく病気だからと、両親が新しい藤を依頼していたはずだ。
(それが間に合わない速度で枯れた。あの液体は…何?)
再び瞬いた時、場面は襲われた夜になっていた。
家族が次々と殺されていく。私を守る為に。
(殺して欲しいと願っていた私を助けた冨岡様。そういえば、私を抱きとめた人は…誰だったのだろうと気になっていたけれど…)
「あぁ、やはりあなただった。その腕の優しさや香りは忘れていなかった…」
ゆっくりと下ろされる瞼を押さえるその手に触れると、体がズンと重くなった。夢から目覚めたのだと気付いた月奈は、額から瞼を覆う大きな手の主の声を聴いて微笑んだ。
煉「月奈?…体調はどうだ?」
手で遮られていた行灯の光が目に入り、少し目を細めた月奈は「今日は少しだけ良い夢を見られました」と呟いて静かに涙を流した。