第9章 穏やかな時間
ー帰る場所がここだと選んでくれたことが、こんなにも嬉しいとはな。
抱き直した月奈の左手を掬い取ると、唇を寄せる。
この無防備な姿をあの少年に七日間も晒していたのだろうか。もしかしたら、意識をしていないからこそ無防備になるのか。
ーそう考えると俺も意識されていないということか。それも面白くないな。
「ん…きょう…ろ…」
掬い取った左手に力がこもり、杏寿郎の右手を握る。
覚醒が近付いてきたのか、睫毛が震えている月奈。
煉「俺はここにいるぞ、月奈」
囁くと、ゆっくりと月奈が目を開く。服を掴んでいた右手が滑るように杏寿郎の髪に触れると、まだ夢現な表情で微笑んだ。
「…杏寿郎様は獅子のような髪ですね。まるで獅子に守られているようです…」
煉「なんだ、寝惚けてるのか月奈?」
苦笑する杏寿郎は、少し戸惑う。
寝惚けているのか覚醒しているのか、まさか…
ー俺を煽っているのか?
「…守られているのか、はたまたエサとして確保されたのか…この状況はどちらでしょうか」
そう呟いた月奈は、ふふと笑った。
戸惑っている杏寿郎の姿を見ていて楽しいと思ったら、意地悪を止められなかったのだ。
煉「!?…月奈いつから起きて…俺をからかったのか?」
そんなつもりは御座いませんよ?と笑う月奈の肩を左手で抱え直す杏寿郎は微笑んで、月奈の左手を持ち上げる。
煉「そうかそうか、獅子に食べられたいと」
困った娘だ、と呟いて左手に噛み付く。
もちろん、傷つけない程度の甘噛みだ。
「先程から左手ばかり気になさっていますね。朝霧…雅雄様に口づけされたことは私の気の緩みですから仕方ないですよ?杏寿郎様が気にすることではないでしょう」
左手に噛みついた杏寿郎に苦笑する。
気を抜いていたことを咎めるための行動だと誤解する月奈。もちろん、杏寿郎はそんな優しい理由ではない。甘噛みから歯を立てて噛みつく。
「いっ…!杏寿郎様、歯が…痛いです」
ー俺が気にすることではない、か。