第9章 穏やかな時間
月奈の帰還祝いと称して、千寿郎が腕によりをかけて夕飯を作ると宣言され、月奈は手伝おうと申し出たが、あっさりと断られてしまい、以前使っていた部屋に案内された。
部屋は綺麗に保たれており、無事に帰還することを信じて掃除してくれていたのだろう。それがとても嬉しくて、笑顔が零れてしまう。
「…あ、そうだ。墨と筆を借りなきゃ」
お館様には合格者の報告は行っているだろう。けれど、どうしても自分で御礼をお伝えしたかった。近々お会いすることがあるからその時にでもと、しのぶには言われていたが一刻も早く文を送りたい。
手早く着物に着替えた月奈は二つ隣の杏寿郎の部屋へ向かった。
「杏寿郎様。すみません、墨と筆と紙をお借りしたいのですが」
部屋の前で声をかける。すぐに入室を促す声が返ってきたので襖を開くと杏寿郎は机に落としていた視線を上げ、月奈を見る。
煉「あぁ、もう少しで終わる。ちょっと待っていてくれ。文を書くのか?」
再び机で書き物をし始める杏寿郎の隣に座り、月奈は「はい」と短く返事をすると部屋に響く紙を滑る筆の音に目を閉じて耳を傾ける。
(お仕事の書類かしら。相変わらずこの空間は穏やかで居心地がいいのね)
自然と微笑むと、しばらくして筆を置く音が聞こえた。
ゆっくりと目を開くと、杏寿郎の横顔が目に入る。整った顔で真面目に書類に目を通すその姿に月奈は頬が熱を持つのが分かり、あわてて頭を振る。
(頬を染めたら変に思われる!いけないいけない。そういえば、しのぶさんは私の気持ちを見抜いたのだろうか。こんなにおこがましい気持ちを…)
サッと青褪めた月奈は「気付いている上でのあの質問を?」と呟き両手で頭を抱えた。
煉「月奈?先ほどから何をしている?文を書く前に少し休んだらどうだ?」
苦笑している声が聞こえて、自分の行動が不審過ぎることに気付き恥ずかしさから顔を赤くした月奈は「大丈夫です、すみません」と答えることしか出来なかった。