第8章 最終選別
雅「これだけしんどい思いをするのも最終選別では最後です。でも、そもそも隊士になれば仲間を目の前で失うこともあるのだと改めて思いますね」
「…そうですね。最前線に立てば更に多くの場面を見ることになるのでしょう。全員が無事に帰還するよう願うしかできないというのも中々につらいものですね」
話をしながらも、周囲の状況に気を配ることは忘れずに二人は進む。今までは鬼の首を切ることを考えていたが、最終日だけは逃げ切ることに重点を置いていた。
藤の花の範囲に入ってしまえば、鬼は追ってこられない。
最終日は、夜明けの時に山を抜けていれば合格だ。ならば、余計な力は使わない。もちろん、状況に応じて鬼の首は切っているが、月奈は鬼の気を逸らす攻撃しか出来ないので、最終的な負担は全て雅雄に行ってしまう。
「…朝霧様」
枝を伝っていた月奈の足がピタリと止まり、その横の枝に雅雄が飛び乗る。
雅「さすがに鬼も考えますね、藤の花の手前でこれほど集まっているとは…」
木に上っている二人からは群がる鬼達の奥に、藤色の空間が見えている。夜明けまではあと少し、しかし十は居るだろう鬼の大群を相手にする余力など残っていない。
幸いにも、近くいる二人には気付いていない鬼達は受験者を屠ってきたのだろう血の匂いを纏っている。その匂いが鼻に届いた月奈は顔をしかめた。
雅「夜明けと同時に藤の花の空間にこのまま突っ込みましょうか。枝を伝っていけば、鬼もすぐ上ってこられないでしょう」
小声で話し、しばらくはこの木の上で休憩となった。
早く夜が明けて欲しい。帰りたい。
最終日ということが、気の緩みに繋がっているとは感じているが、あともう少しで帰れると思うと気が急いてしまう。
「…早く帰りたい。皆に会いたい…」
ポツリと呟いた声は雅雄の耳に届いた。
雅雄は苦笑すると、月奈の肩を抱いて囁く。
雅「そろそろ藤の空間に向かおう。夜明けですよ。帰りましょう…」
二人は昇り始める太陽が空を染めていく様子を見つめ、足に力を込めた。