第7章 試練
「…杏寿郎様も飲まれますか?」
視線に気付いているものの、杏寿郎を見ようとはしない。
表情は貼りつけたような笑顔のまま。
煉「うむ、貰おう。俺の部屋まで持ってきてくれるか」
俯く月奈の頭をポンポンと優しく叩いて杏寿郎は廊下を歩いて行った。
(変に思われたかな…苦笑いしていたもの、見透かされているような気がする)
溜息を吐くと、白湯を湯呑みに入れてお盆に乗せて杏寿郎の部屋に向かった。
「杏寿郎様、白湯をお持ちしました」
煉「あぁ、入ってくれ」
襖を開いて部屋を覗くと、机に置かれた書類を確認している横顔が見えた。そっと近付き、机の空いた空間に湯呑みを置くと杏寿郎が顔を上げる。
煉「すまない。ちょっと待っていてもらえるか?」
置いたら自分の部屋に戻ろうと思っていたのだろう、月奈の指がピクリと反応する。長い髪が顔にかかって表情は見えない。
「…はい」
机に向かう杏寿郎の少し後ろで、温かい湯呑みを両手で包み月奈はそっと背中を見つめる。白湯に口をつけると少しずつ気持ちが穏やかになっていく気持ちがする。
サラサラと紙に筆が走る音と紙をめくる音だけが響く部屋は、先ほど自室にいた時の静寂とは違って心地が良い。
(きっと、杏寿郎様は私の心の内を見透かしているんだろうな。忙しそうなのに気を遣わせてしまった。任務でもお疲れなのに…)
任務、という言葉に今日の出来事をまた思い出す。
湯呑みの中の白湯に自分の顔が映っている、弱い自分の顔。
カタカタと震える手から湯呑みがスルリと取り上げられ、月奈は顔を上げると杏寿郎と目が合う。
煉「白湯が零れてしまうぞ。深呼吸をしよう」
優しく微笑まれ、月奈は呼吸が浅くなっていることに気付く。湯呑みを机に置くと、杏寿郎は体を丸めて呼吸する月奈の背中を撫でる。
「すみ…ません…」
煉「鬼が怖かったか?…それとも自分自身に怒っているのか?」
両方だ。弱い自分も嫌気がさす、何も成果が出ない自分の能力にも不甲斐なさにも、その全てが混ざり合って息苦しいのだ。
声が出ない、声にならない程に感情が片付けられない、押し流される。