第7章 試練
「…っ!」
千「月奈さん!…っぐ!」
後ろを振り返る前に襟首を後ろに引かれた月奈は、千寿郎が前のめりに倒れたのを見た。状況の把握が追い付かないが、一つ分かることは鬼と遭遇してしまったことだ。
月奈は大声を張り上げる。
「千寿郎さん!早くその子を連れて蝶屋敷へ向かってください!」
(鬼の姿が見えない!どこ!どこにいるの!?)
視線を巡らせるが、見つからない。
判断を迷っている千寿郎の付近に鬼の姿は無い、ということは…
鬼「…子供は肉が柔らかくて美味しいんだ、置いていってもらうぞ」
一瞬で自分の眼前に鬼が現れ、赤く光る瞳がニヤリと細められる。咄嗟に手甲鈎を付けた右手で目の前を薙ぎ払うが、空を切る感触だけがある。
千「!!」
起き上がった千寿郎が、向かってくる鬼の姿を目にして子供に覆いかぶさる。しかし、攻撃はなく鬼の動きがピタリと止まった。
「子供より…こちらのほうが好物でしょう?」
手甲鈎で傷つけた血が滴る腕を鬼に向けて突き出し、月奈はキッと鬼を睨む。
(こちらに注意を引き付けて、追わせる。後は千寿郎さんと反対に逃げるだけ。どこかで撒く。喰われてたまるか!)
千「月奈さん!ダメです!助けを呼びましょう!」
青ざめて叫ぶ千寿郎には、月奈が何を考えているのか分かったのだろう。
「蝶屋敷へ行って助けを呼んでください!私も死ぬつもりはありません!早く!!」
(私を連れて行くより、子供を抱えて千寿郎さんが走る方が蝶屋敷に早く到着できるはず。それまで…逃げなきゃ…)
鬼の赤い双眸に見つめられ、嫌な汗が体から噴き出す。
だけど、ただ逃げるしかなかったあの頃の自分じゃない。今はあの二人を守るために逃げ続けて生き延びる。死ぬつもりはない。
千寿郎が走り出したのと同時に、反対方向へ月奈は走り出す。月奈の期待通り鬼は追ってくる。