第26章 ふたつの半月
春、ってのは、
陽は暖かく、風はぬるくって
俺の頭ン中まで花畑にさせるようだ。
桜満開、何とも良き日。
俺はご機嫌な花たちと戯れるように
その枝の隙間におじゃまして、
ひとり花見と洒落込んでいた。
川のそばに立つ大桜。
こんなに立派だというのに、
見物人は1人もいない。
それというのも、
こんな人里離れた場所に立っているせいだ。
あるべき場所に植わっていれば
たくさんの人に愛でてもらえただろうにな。
何だかこの桜、
他人のような気がしなくって、
俺はいつも、こいつに会いに来てしまう。
だって俺にそっくりだろう。
誰に気づいてもらえるでもなく、
世界の片隅でひっそりと咲いているなんて…。
俺がその女を見たのは、
去年の今頃。
ちょうど今日のような晴れの日だ。
少し強い風が、花びらを散らす中。
その女はこの桜の根元で静かに泣いていた。
こんなに桜が美しい。
穏やかな春の日。
その涙はあまりにも似つかわしくなく、
それでも何とも美しいその涙に、
俺は心の全てを持っていかれた。
どのくらいの時間、そうしていただろう。
俺はこの枝の上で、
その女の様子をじっと見ていた。
目の前をチラつく花びらよりも、
その女はより一層美しくて
俺はこいつの隣にいたいと、漠然と思っていた。
「ごめんください」
私は表通りから1本入った、
人通りの少ないお勝手口から声をかけた。
カラリと軽い音をたてながら開いた戸から
顔を覗かせたのは、
「睦、待ってたよ」
私の想い人。
少し声を抑えた話し方。
私もそれに倣って(ならって)
「お待たせ。遅くなってごめんね」
小声で返した。
「いや、助かるよホント。いつも悪いな」
申し訳なさそうに眉を下げるのは、
幼馴染の海龍(かいり)。
「何言ってるの、お得意様。
いつもありがとうございます」
わざとかしこまった私に
「はは、本当に睦には
世話になってるからな」
そう言って優しく笑った。
「今日のは何?」
「昨日がお肉だったから、お魚にしたよ」
私は持ってきたお弁当入りの袋を
海龍に渡した。
「睦のとこの弁当は絶品だからな」
「おじちゃんのごはん食べたら
誰でもすぐに元気出るからね!」
私は拳を握って力説した。